595・指南役
誰を連れていくか悩んだ私は訓練場を訪れた。学園とは別に設けられている施設で、リシュファス家の精鋭や警備隊がそこで日夜鍛錬を積んでいた。もちろんそれは私の陣営も例外ではなく――
――ガキィィン!
鉄と鉄がぶつかり合う音。それが何度も立て続けに起こる。
「やっぱりやってるのね」
よくも飽きもせず……と呆れたけれど、それだけ強くなりたい気持ちが大きいのだろう。しかも私のためなんだからこちらが口を出す訳にはいかない。
ぶつかり合いが激しくなっていくのを聞きながら中に入ると、ヒューが雪風とジュールを相手に稽古をつけていた。三人とも刃を鋳つぶした剣を使っていて、雪風だけは刀身を短くした双剣を扱っている。
ジュールが勝ちあげるように斜め下からの切り上げを放っているけれど、ヒューはそれを見事に刃に乗せて受け流し、絡めて弾く。あっという間に軌道を変えられた挙句に首筋に剣を突き付けられて敗北したジュールを尻目に雪風が襲い掛かり次々と斬撃を放っていた。一度、二度と振り下ろされるそれはヒューには掠りもせずに難なく避けられてしまう。やはり魔導なしでの勝負はヒューに分があるか。二人とも赤子のようにあしらわれていて勝負にもならない。彼が攻撃に移らず防御に徹しているのも少しでも攻撃させようとしている証拠だろう。
自分の攻撃がかすりもしない事に少しずつ焦りが生まれているはずだけど、雪風は冷静にそれを押し殺して息を切らさず剣を振るい続ける。片方を振り下ろしている間にもう一方で攻撃の準備をしている。それによって雪風が疲れない限り斬撃を放ち続けられるという寸法だ。傍から見たらヒューが圧されているようにも見えるけれど、それは素人的見解に過ぎない。
「よく避けられるよな……」
「あんなもん、真似出来るか」
周りの兵士達はヒューの回避能力に舌を巻いているようだった。上下左右から放たれる連撃を呼吸一つ乱すことなく避け続けるなんて並大抵の技術じゃ出来ない。攻撃の隙を与えない雪風も大概だけどね。
「ティ、ティア様!?」
ぼーっと二人の戦いを見ていたらジュールが私に気付いたらしく、驚いた表情でこちらを見ていた。それに一瞬反応した雪風の手元が鈍り、鋭い軌道にほころびが見えた。その瞬間に今まで避けに徹していたヒューの動きに変化する。振り下ろされた一撃を正確に受け止め、ジュールの時のように剣を絡めて地面に叩きつける。突き刺さった状態の剣を足蹴にして動きを封じたヒューに対し、雪風は驚きなんとか冷静さを取り戻した雪風だったけれど、彼女の攻勢はそこで途切れてしまった。
足で踏まれている剣に固執することなく手放した彼女は残った剣で斬撃を繰り出そうとする。……が、一度見せた隙によって生まれた差を埋める事は難しい。無理のある攻撃がヒューに届くはずもなく、躱されたと同時に回し蹴りの要領で放たれたかかとが雪風の手に当たり、残った剣を弾き飛ばす。
「ちっ」
舌打ちをした雪風は焦り、視線を彷徨わせ――とっさに突き刺さった剣に手を伸ばそうとした。
「遅い」
もちろんそれを見逃すヒューではなく、先まわした彼は最速の一撃を繰り出せる突きによってジュールにそうしたように喉元に剣を突き立てた。
「……参りました」
悔しそうに敗北を宣言した雪風。聞き届けたヒューは剣を引き、戦闘態勢を解く。
「エールティア様が来たことに集中を乱したな。そもそも斬撃に無駄がなさすぎる。あんなもの避けてくれと言っているようなものだ。もう少し遊び心を持たせろ。せっかくの『生』をもっと実感しろ」
兵士達がぼそっと「そんなわけないだろ……」と言っている。確かに雪風の斬撃は彼女の力量が表れていて、避ける隙間を探すのも苦労する人が多いだろう。しかしそれはある一定の経験や技術を持っている者には隙を埋めるような軌道が美しすぎてむしろ避けやすく映る。上から襲い掛かってきた斬撃を避けたかと思うと放たれる横に流れる軌道に追い込まれ、今度は下から――避けた方向から追撃を仕掛けてくるのだから避けるのも容易い……と思うのは私だからだろう。
「うっ……で、ですが途中までは――」
「俺が回避に専念した結果。だろう?」
「……そう、ですね」
自分でもいいようにあしらわれているのがわかったのか、項垂れてしまった雪風。一生懸命やったとおもうけれど……ここで何か声を掛けたらまた甘いと言われてしまいそうだ。
そうこうしているうちに二人とも私の方に来ていた。
「お見苦しい姿を見せてしまって申し訳ありません」
「いいえ。鍛錬を積むのに見苦しいものなんてないわ。負けた事に関する反省は今後に活かしなさい」
「……はい!」
笑顔を浮かべている雪風は先程の落ち込みようが嘘のようだった。
「それで、エールティア様は何しに来られたんで?」
対してあまり興味なさげ――いや、むしろ面倒事を持ってきたな……とか思っていそうな顔をしているヒュー。主に対する礼義がなっていないとジュールが睨みつけているけれど、これは気にしても仕方ない。彼らが生まれた後に受けた教養の問題であって、彼らに私に対する姿勢を無理に改めさせるつもりはない。……まあそれはおいおい理解してもらえるとして、今は本題に移ろう。幸いにもお目当ての人物はみんなここにいるみたいだしね。
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