591・覚悟の瞳(ファリスside)

 次々と炎が撃ち込まれ、周辺は焼野原と化していた。それでも絶えずに火をくべるダークエルフ族の姿は、傍から見たら狂気のように映るだろう。しかし、それほどの必死さを見せていても、ファリスを撃つことは出来ていなかった。

 彼女はとっさに自ら炎を纏い熱耐性上げるイメージで新しい魔導――【アブソーブ・フランム】を用いて戦況を乗り切っていた。


(――はぁ、どうしよう。このままじゃ面倒ね)


 ふらふらとよろめく身体を落ち着けるように膝の上に手を置き、荒い息を吐きだしながら敵の行動を分析していた。


(死んでいてもおかしくないのに執拗に攻撃を続ける……。多分、それだけわたしが怖いんだろうね。ここまでやるなんてあの人達らしくないけれど)


 以前のダークエルフ族ならばこうも立て続けに攻撃をすることなど有り得なかった。それだけ彼女を恐れているという証なのだが、そんな姿を見たことがない彼女からしてみたら理解できる範疇はんちゅうを超えていた。どれほど攻め続けられるかわからない上、炎が効かないとなれば別の属性で攻撃されることが容易に想像できた。そして自分が対応すればまた新しい属性……と延々切り替え続けるだけの攻防になってしまい、終わりが見えなくなってしまう。それならば大人しく相手が攻撃をやめたと同時に接近すればいいと結論をだしたからこそこうして大人しくしているのだが、間断なく撃ち続けられる魔導にいい加減に嫌気がさしてきていた。


(……わたしだってそんなに長くここにいる訳にはいかないのだけれど……)


 彼女の人造命具フィールコラプスは絶えず魔力を吸収し続けている為、いつまでも具現化させていれば魔力切れの心配が出てしまう。しかも立て続けの戦闘にかなり消耗してしまった以上、長引かせる訳にはいかない。彼女もそれはよくわかっているのだが、現時点ではどうする事も出来なかった。

 ファリスの魔力が尽きるのが先か――耐久戦を制したのはファリスだった。


 ようやく炎が収まりを見せた頃。身体を低く保ち少しずつ前へと進む。


「……【シックスセンシズ】」


 炎で身を包まれる前に魔力の消費を抑える為に切っていた魔導を再び発動させる。あらゆる感覚が研ぎ澄まされ、疲れているダークエルフ族の顔もよく視認できる。魔導を撃ちすぎて軽く肩を上下させている。攻めるならば正に絶好の機会だった。


「【アグレッシブ・スピード】!」


 速度を強化する魔導。それによって一気に敵の知くまで潜り込む。あれほどの魔導を撃ち込んでまさか死んでいないとは思っていなかった兵士達は驚愕に染まり、クルガを含むエディアスの重鎮は化け物を見るような顔をしていた。


「【フレアスタンプ】!」


 その中でも冷静に魔法で応戦したのはエディアスだった。既に息絶えたと思っていた者からの奇襲にすら対処しようとした彼の精神は素晴らしいものだろう。しかし相手が悪かった。


「【タイムアクセル】!!」


 今まで有効射程にいなかったからこそ使用する事の出来なかった魔導。兵士達が間合い入ったと同時にファリスの時は加速する。周囲の全てをスローな次元へと引きずり込み、自分のみが自由に動ける空間に。

 ただ認識している世界の違い。それだけでも差は大きすぎた。彼女の獰猛な瞳が哀れな贄を捉え、易々と切り刻む。


 正に刹那。【タイムアクセル】が解除されたと同時に周辺にいた兵士達は全て黒く染まり、塵芥ちりあくたへと昇華する。


「化け物め……!!」


 あまりの衝撃的な出来事に忌々しくののしる事しか出来ない。


「ええ。そのようにあれと生んでくださったおかげでね。感謝しかありませんわ」


 あまりにも予定調和な台詞に可笑しさすら感じていた。気に食わないと睨みつける彼らの瞳には恐怖が宿っており、自分がここで死ぬのだと。死にたくないと感情が揺れているのがわかった。


「ファリス……」

「あら、わたしの名前を知っているなんて意外ね」


 今までダークエルフ族からは物としてしか扱われてこなかった。だからこそエディアスが自身の名前を呼んだことに驚きを隠せなかった。


「当たり前だ。私達の脅威。最悪だな。生みの親に盾突いた反逆者に追い込まれるとは」

「子はいずれ巣立つもの。親を越えていくもの。だからこれは当然の理」

「ははっ、その理が正しければ世の中はもっと争いに満ちていただろう。それに……君はここで死ぬ」


 乾いた笑みを浮かべたエディアスに不気味さを感じていたが、ファリスは気にせず彼へと接近する。もはや護衛として壁になっていた兵士達の大半を失い、仲間達を壁にしても意味のない時間稼ぎにしかならない。


 ――確実に仕留められる。そんな感情が頭の中を支配する。結果、それは悪手でしかなかった。最初から全力で【タイムアクセル】を発動させて斬り殺せばよかったものを、一瞬。ほんのわずかでも勝者気取りになってしまった為、エディアスに付け入る隙を与えてしまった。


「残念だよ。君の最期を見る事が出来なくて。ここまで私達を追いこんでくれたお前に……滅びを」

「滅びを」

「滅びを」


 同じ言葉を次々と口にする彼らは喜んでファリスに身を投げ出す。既に死を決意したそれは先程まであんなに生き足掻こうとしていた彼らとは別人に思えた。肉の壁となり立ちふさがろうとする彼らはファリスの剣の効果でその役割を果たすことなく消え失せる。


「我らが同胞の命を用いて起動せよ。最古の巨人――ユミストル【ウェイクアップ】」


 ファリスの剣がエディアスに届く前に彼は最期の魔導を発動させる。笑みを浮かべたまま彼と周辺にいる重鎮達は倒れ、絶命する。それは周囲に拡散し、同じように印で縛られていた他のダークエルフ族も次々に。あまりの急な展開に理解が追い付いていない彼らを置いて、事態は最悪な方向へと動き出す。

 突如として大きな地震が起こり、彼らの地面を大きく揺らし、足元すらおぼつかくなりまともに立っていられなくなる。


 それと同時にゆっくりと上半身を起こしたのは巨大な人の形をしたゴーレムだった。

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