582・昂る感情(ファリスside)

 気付いていたらファリスは駆け出していた。異形の怪物が更に十人。普通ならば絶望を覚えてもおかしくない。しかし、ファリスは決して諦める事はなかった。


「【斬桜血華ざんおうけっか】!!」


 襲いかかってくる怪物達に向かって桜の花びらは吹き荒れる。次々と傷を受けるが、彼らはその端から少しずつ怪我の修復が始まり、一向にダメージが蓄積しない。その間にも接近した一人が爪を突き立てるべく動き、遠くからは口内に魔力の塊を溜め込み発射の機会を窺っていた。どこからともなく炎の雨が辺りに降り注ぎ、生み出された桜の花びらの悉くを焼き尽くす。


(魔導名を唱えないなんて厄介な事この上ない。でも勝機はある。問題は――)


 自らが生み出した花びらが燃え消えゆく様を観察しながら怪物共の動きを確認する。ファリスに向かっているのは五人。残った五人は他の方向に散ったり、通り過ぎて新たな獲物を見つけるべく動いていた。流石のファリスも一度に十人も相手にできる程実力を見極めた訳ではない。身体能力は完全に相手側が上。ならば無理に抱えて無駄死にするよりは可能性のある人物のところに向かってくれる事を祈った方がまだ生き残れるかもしれないと判断したからだ。


「【フラムブランシュ】!」


 極太の熱線が怪物共に襲いかかり、彼らの存在した痕跡すら残さないと辺りを溶かすように焼き払う。その攻撃には最早他者を気にかけて魔力を抑えるつもりがなかった。手加減をすれば死ぬ。そして彼女が死ねば瞬く間に軍は殲滅されてしまうだろう。だからこそ手を抜いた攻撃をするわけにはいかなかった。ベルン軍は現在も最前線で戦っているが、幸いにもファリスほど前で戦っている者は皆無だった。


(参ったわね。私の魔導が殆ど通用しない。あれはあまり使いたくないし……)


 ファリスはオリジナルの記憶を数多く宿していた。だからこそ偽物であっても【フィリンベーニス】や【ヴァニタス】を含めた幾つかの魔導を扱うことが出来たのだが……それ以上の魔導は未だに未開発。彼女が自分で編み出した攻撃系魔導といえば片手で数えるぐらいしか存在しない上、それも彼女のオリジナルであるローランが扱っていた魔導を派生させただけにすぎない。

 それだけで切り抜け続けて来られたからこそ、より高みへ行こうという意識が存在しなかった。それが今になって枷となって彼女を縛り付ける。


 元々自分でイメージした訳ではない魔導の威力はオリジナルと比べ物にならない。【フラムブランシュ】を避けられ、【ソイルウェポンズ】などで五人の怪物が動きを止める隙を与えぬように立ち回ってはいるが、それもいつまでも持つわけがない。【メルトスノウ】ならば可能性があるが、【斬桜血華ざんおうけっか】のときよりも無差別に殺傷力が高い以上、下手に扱うことも難しい。


 そうこう考えている間に遠くから光線が大地を抉り、ファリスの腕を切り落とそうとする。それを大幅に距離を取って避けた彼女の目の前では今まさに解き放たれようとしている炎のブレス。


「【フラムブランライン】!」


 急ぎ魔導を発動させ、解き放たれたそれは炎のブレスに直撃し、爆発を引き起こす。間一髪迎撃に間に合い、ついでに敵の口内を焼いたファリスだったが、倒れるでもなく向かってきながら少しずつ傷が癒えていくのを見るといっそ呆れてしまう。


「ここまで頑丈なのがいるなんてね……。動きを止めるには確実に命を狩り取るしかないってことね」


 修復する速度は決して速くない。しかしファリス自身五人を相手にして立ち回っている以上、一人いなくなったところで誤差の範囲でしかない。こんな呟きをしている間にも敵は背後から襲いかかってくるのだから。


 振り下ろされた爪の殺意に反応して両手で腕を掴み、流れるように足を掬いあげ、一本背負いの要領で投げて地面に叩きつける。その間にも更に一人が追撃を仕掛け、投げ終えた直後の隙を狙ってその鋭い爪を振り上げると同時に上の風が大きな爪を象って振り下ろされる。同時攻撃に片方を防いだとしても意味がない。仕方なく大きく横に転がるように避けるしか選択できなかったファリスに向かって巨大な炎が槍を象って貫かんと襲い掛かってくる。


「くっ……【シールドラウンズ】!!」


 体勢が崩れた状態で避ける事が出来ないと判断したファリスの目の前に光り輝く丸い盾が出現し、向かってくる炎の槍を正面から受け止める。【プロテマジク】では防ぎきれないと判断した結果だが、それが功を奏した。

 ぶつかり合い相殺されるように砕け、爆発した盾と槍に巻き込まれる形で怪物達と距離を取る事が出来たファリスはごろごろと転がりながらも立ち上がり、周囲の状況の把握に努める。


 その瞬間にも閃光のような一撃が飛んできてファリスの肩を抉り、痛みと熱さに脳内がかき混ぜられるような感覚に襲われる。ぎりりと歯噛みした彼女はこれ以上ない屈辱を味わっていた。本来与えられる痛みとは愛した者からでなくてはならないのだから。


 しかしそうも思ってはいられない現実が目の前に存在した。五人の怪物とたった一人で立ち向かう少女。善戦しているものの、全てを倒せる未来がいまだに見えず、昂っていく感情とは裏腹に暗い先しか見通すことが出来ない状況が続いていた。

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