575・悪夢の兆し(???side)

 時はベルンが軍勢を鼓舞し、出陣を決めたところまで遡る。王都ケルトを攻略しているダークエルフ族と頭領であるエディアスは今後の展開ついて作戦を立てるべく会議を開いていた。

 そこには彼の同胞が並び、静かに腰掛けていた。彼らの悩みはルドール攻略失敗から始まる敵の行動。そして竜型機動兵器――ラグドナが破壊された事についてだった。


「まさか低俗な種族どもにここまでやられるとはな」


 ぼそりと呟いたのはダークエルフ族の中でも長生きしている部類に入るクルダと呼ばれる男性。深いシワにそれに見合う声は歴史を感じさせる。もっとも、彼らに共通するのは負の歴史であるが。

 自分達が才ある種族であるからこそ地を這いずらされ、屈辱を味わわされているということを決めつけ、認識している。そんな彼から他種族を褒めるような発言が出ることこそ信じられないことだった。


「恐れながらクルダ老。もう間も無く王都ケルトは陥落します。それは他の者から見ても疑いようのない事実かと」

「黙れ。おめおめと同胞を死なせた挙句、汚れた姫を奪還された無能が」


 敵を褒めるなんて心外だとでも言いたげに穏やかではあるが反抗的に投げかけられた言葉は、クルダの冷たい刃に呆気なく切り捨てられてしまった。先程の発言した男は何もいえずに俯く。


「言葉ばかり一丁前では困る。のう、エディアス長?」

「……そうだな」


 それでも希望的観測をしていた男だったが、エディアスは深いため息と共に彼の心を奈落の底へと突き落とす。


「我らですら制御出来なかったラグドナを降す事が出来るほどの実力を持っているのであれば、こうなったとしても理解できぬことはない。それだけ我らが彼奴きゃつらを侮っていた証拠になるだろう。ならばどうする?」


 ぎろりと何も発言しない同胞を順々に見回したが誰も何も言わない。

 それもそうだ。考えている事は同じなのだから。『そんなに警戒する必要ないのではいか?』それが彼らの判断だった。


「恐れながら、そこまで注意を払う必要があるのでしょうか? 確かにラグドナは我らの同胞や他の兵器を犠牲にして機能停止まで追い込んだ程の兵器。それが撃破されたのには驚きを禁じ得ません。……が、それも無傷ではなかったはず。少なくともしばらくは行動することさえままならないでしょう。ならば我らは速やかに王都を制圧することを優先してはどうですか?」

「ほう……」


 もっともらしい事を言われて感心するように息を吐き出したエディアスの様子を見て手応えを感じた男だったが、それも他の者よりは頭を回転させているな程度の思いからでしかなかった。


「確かにルフルドの言う通りだろう。しかし万が一にでもそれを成し遂げた人材を投入してきたら? ある程度戦力になりそうな程回復していたら?」

「それは……しかし、そのような事を考えてしまえばキリがありません」


 その実、全く発言を聞きいられてもらえていないルフルドはなおも追い縋るように言葉を重ねるが、そのどれもがエディアスに届く事はなかった。

 自信満々に頷いたエディアスは――


「だからこそ、だ。最悪を想定すればキリがない。ならば最善。我らがエルフ族が奴らを低俗だと、下等種だと言い切るのであれば決して奴らの後塵こうじんを拝する訳には行かない。常に最善で戦い、奴らに決定的な差を懇切丁寧に説明してやらねばならんのだ」


 シーンと静まり返った会議室の中でエディアスただ一人が立ち上がり、自信に満ちた表情を同胞に向ける。


「我らならば奴らの団結や力などねじ伏せる事が出来るだろう。それがどうしてここまで追い込まれている? 最初は順調だったはずなのに」

「それは……憎き聖黒族の者達が援軍としてきたからだろう」

「それだ」


 発言した誰かの声に合わせるように指を向け、そのままぱちんと鳴らす。改めて自分自身に注目を向けさせるために。


「聖黒族。我らが先祖をこのような地の底へと追いやった憎き怨敵。奴らさえいなければ今でも我らが栄光を謳歌していただろう。……そう。奴らは我らの天敵と言ってもいい。かつて消え失せた敗戦、弱小種族と侮り、驕っている間は勝てはしないだろう」

「……何が言いたい?」

「認めよう。奴らこそ我らに並び立つ怨敵であるという事を。一切の侮蔑もなく奴らを始末する。欠片の慢心も許さず相手をすれば我々に負けはない。そうだろう?」


 再び沈黙が場を支配する。その中で恐る恐るといった様子で発言をしたのはクルダだった。


「エディアスよ。つまり……あれを使うというのじゃな?」

「ああ。クルダ老も知っているだろう? 御しきれなかった竜は放逐。それを模した竜型兵器は暴走。しかし……我々に残された切り札はまだ存在するのだと」


 にやりと不敵に笑うエディアスの瞳には一切の慢心はなかった。立ちはだかる敵を滅ぼし自らの種を復興させる。聖黒族を怨敵としながらも侮らずに戦おうとするのは彼が初めてだった。そしてそれをきっかけに戦場に新たに兵器を投入する事が決まる。ファリスが今まで挙げてきた数々の戦果がエディアスに火をつけた事を彼女はまだ知らない。

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