564・安らかなひととき(ファリスside)
ベルンの采配でかなり高級な宿を提供してもらったファリス一行は受けたその傷と疲れを癒す事に専念した。
初めにワーゼルが――
「もし猫人族に専用の宿とかだったら……」
などという余計な心配をしていたが、流石にそれは杞憂というものだった。
大きく広く、シルケットの白い建物の中でも特に印象に残る白と黄が僅かに混じった優しい色合いをしていた。中では猫人族と魔人族の従業員が存在しており、大体は魔人族が荷物を持ち、猫人族がフロントなどを行なっている様子だった。
違う種族同士が助け合いながら仕事をしている光景は珍しくない。ティリアースは混成軍であるし、かの国はダークエルフ族と悪魔族以外には寛容な面を見せるからだ。
他の国でも似たような場所は存在する。しかし戦時中である今は要らぬ誤解を避けるために自分達の種族が属する国に戻る事が推奨されている。ルドールでもかなり人が減少した為、現在のシルケットでは逆に珍しい光景となっていた。
「いらっしゃいませ。ファリス様とその一行様でいらっしゃいますかにゃ?」
「ええ。よく知っているわね」
フロントまでやってきたファリス達を見てすぐに思い出したような表情を浮かべた猫人族は「それはもう」とある程度聞こえる声で呟き。
「ベルン様によく言い聞かせられましたから。聖黒族の少女がオーク族をはじめとした個性的な面々を連れてくるので丁重にもてなすように、と。リュネー様をお救いくださった英雄様だと聞き及んでおりますにゃ」
その言葉はどこかむず痒く、あまり慣れない感覚をファリスに与える。彼女は『英雄』と呼ばれるような器でない事を理解していたから余計に嫌な感覚を与えてくれる。
「あの、どこか気に障りましたかにゃ?」
「……別に。大丈夫」
顔に出ていたのだろう。何か不味いことを口にしたのかと戦々恐々している目の前の小動物にファリスは諭すように大丈夫だと繰り返し伝える。
「そういう風にお礼を言われ慣れてないからむず痒いだけですよ。ね?」
気を利かせたククオルが代わりに弁解してくれたおかげでフロントの猫人族はこれ以上小さくならずに済んだ。
「それなら良かったですにゃ。皆様のお部屋は最上階の王族の方が時折使われているところですにゃ。これをどうぞ」
言われて渡されたのは煌びやかではあるが決して気取りすぎない装飾が施された鍵。渡されたそれを呆然とした様子で受け取ったククオルは目が点になっていた。それはワーゼルも同じようで、ユヒトも顔には出さなかったが相当驚いていた。
「え? 王族の方が……?」
「はい。どうぞごゆるりとお使いくださいにゃ」
ぺこりと頭を下げた猫人族から離れていくと、魔人族の男性がすぐさま駆け寄って「お部屋に案内します。こちらにどうぞ」と先導してくれるが、ククオル達はいまいち現実が受け入れられない顔をしてただ後ろを付いて行く機械のような反応しか出来なかった。
「王族御用達……ね。随分と豪勢なお部屋に招待されたわね」
「それだけ私共に感謝しているという事なのでしょう。多少居心地が悪く感じたとしてもご厚意には甘えるべきかと思います」
「……でしょうね」
彼らとは別に全く動じていないのはオルドとファリス。二人ともあるがままを受け入れている様子だった。
――
案内された部屋は天蓋付きのダブルサイズのベッドが二つ。更にゆったりとしたソファを向き合わせに設置されており、間には透明なテーブル。中くらいの大きさのワインセラーが設置されており、中には相当な値段のワインが入っていた。最新技術で作られたガラス窓はルドールを一望出来る。隣には大きなバスルームが設置されており、専用の魔導具でお湯が出るようになっていた。
「……なんだか落ち着きませんね」
絵画や骨董品などの高価な物は一切存在しないが、内装は主張しすぎないが高貴さを漂わせていた。品を感じさせる造りに平民出身であるククオル達は妙にそわそわしてしまう。
「この大きさならわたしとククの二人でも問題なさそうね」
「ユヒトさんも入れそうですが……流石に男の人ですしね」
ダブルベッドを眺めながら寝心地良さそうだなと思いながらククオルとなら結構ゆったり眠れそうだなと思っていた。
ユヒト達はオルドがいる関係上ダブルベッドでは狭いのではないかとか話をしていたが、そんな事はファリス達には関係のない事だった。男はあぶれたのなら黙ってソファで眠っていろ。そう言わんばかりの態度だ。結果的にソファを使う事が出来ないオルドがベッドを使用する事で話が決まり、彼らは部屋から外へ出る。食糧を含む荷物などは鳥車に全て置き去りにしていた為、とりあえず何か食事をしよう……そう結論付けたワーゼル達だったが……
「そういえば食事も用意してくれていたんでしたっけ」
ただでさえあまり落ち着かない部屋に食事も王族御用達の店で……なんて事になったら逆に窮屈すぎる事になり得るだろう。考えるだけでため息が零れるが、ここで断れば後でベルン王子の耳に入りかねない。自然とファリスとオルドを除いた三人は諦めてせめて少しでも楽しんでやろうと思う事にするのだった。
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