545・傷ついた精神(ファリスside)

 手も足も枷をされ、厳重に拘束されていたリュネーはあちこちにアザが出来ており、口の中が切れていたりと怪我はあるが、扱いの割には妙に怪我をしていない。そのことに疑問を感じたファリスだったが、そういえば魔導で身体を癒していたっけと思い直していた。


「ちょっと、大丈夫?」


 かなり神経が擦り切れていたのか、助けてくれた安堵からか意識を失って動かなくなってしまったのだ。ファリスはこれに困ってしまう。とりあえずなんとか背中に乗せて移動することにした。


「【アップボディ】」

(こういう時、ティアちゃんなら傷を癒したり起こしたりするんだろうな。わたしにはとても出来ないけど)


 治癒魔導なんて扱える訳もないファリスは、仕方がないから全身の能力を強化する魔導を発動させてリュネーを背負う事にした。魔導を発動させているとはいえ想像以上の軽さに驚きながらもしっかりと背負い急ぎ足で来た道を引き返す。扉を吹き飛ばしてしまった以上、ここに侵入者がやってきたことはバレていると考えた方が良い。甘い妄想はしない事がファリスの考えだった。どう考えてもあり得ない事を夢想するより現実を直視して対処する。そうしなければ戦場で生きていけるはずもない。


 軽やかな足取りで駆け抜ける彼女はここがダークエルフ族の地下施設ではなくて安堵をしていた。埋め立てられたり、迷路を作られて印をつけていないと道に迷ってしまったりとかもない。階段の上り下りを繰り返していてから多少改修はしている事を感じていたが、それでも彼らが直接関わったような入り組み方はしていなかったため、彼女も比較的何もせずに進んでいた。


「止まれ!!」


 駆け抜けている最中、一直線になっている通路を遮るように立ちはだかるダークエルフ族の兵士。


「【フラムブランシュ】!」


 威力を絞った炎の光線を繰り出す。少し迷ったようだが、今更音に気にすることはない。人造創具を手にしても良かったのだが、背負っているものが邪魔になるであろう事もあって魔導に選択した。

 通路全体が炎に埋め尽くされ、消え失せた後にはその兵士は消し炭になってしまった。逃げ場はないし、魔導の発動が間に合わなかったからか防ぐ事も出来ない。必然の出来事だった。

 それから二度ほど接敵するが、特に問題もなく対処。魔導による反撃もあったが、ファリスと一般兵士では戦闘力が違い過ぎた。風の球を放り投げてきたがファリスの【フラムブランシュ】によってあっという間に飲み込まれ、最初の兵士と同じ末路を辿ってしまった。


 施設の外へと出て行ったファリスは出てすぐに襲撃があると思っていたのだが、予想に反して誰もいない。それどころか門の方で倒れていた兵士すらそのままの状態だった。


(おかしい。多少騒動はあったと思うのだけど、なんでほとんど人が来ないのだろう? わたし以外の誰かが囮になっているのはわかるんだけど、それでも注意がそっちに向きすぎているというか……)


「ファリス様!!」


 何か違和感のある今の状況だったが、その思考を遮ったのはオルドから分かれた三人だった。


「えっと……誰?」


 しかし、ファリスが彼らの事を覚えているはずもなく、心底知らない人を見るような目で彼らに接していた。もしこの中にエルフ族が存在したら間違いなく襲われていただろう程の初対面っぷりだ。その事に彼らは若干呆れた顔で彼女を見た。


「いい加減名前を覚えてくださいよ……」

「だったらもう少し強くなって」


 とりあえず自分が連れてきた兵士の誰かであると判断したファリスは諫めるユヒトに辛辣しんらつに返した。強い者や自分が認めた者以外はどうでもいいという彼女の考えそのものだ。


「一応私達が誰かはわかりますよね……?」

「ドルオと一緒にきた兵士達でしょう」

「ファリス様……オルド隊長です」


 がっくりと肩を落としていたワーゼルはこれ以上言っても仕方がないと気持ちを切り替える事にした。ファリスはルォーグくらいしか名前を覚えていない事を知っていたからだ。


「こほん……それで、その方がリュネー姫……ですか?」


 疑問をぶつけるような顔をしていたのは、あまりにもみすぼらしい恰好をしていたからだ。猫耳と尻尾が生えていなければわからないくらいに。


「多分ね。他にこんな姿をした子はいないだろうし、他に囚われているのは猫人族ばかりだったから」

「そうですか。それで……他の囚われている人達はどうするのですか?」


 それは逃亡の助けをするのかというニュアンスが含まれていた。こんなところにいればロクな目にはならないだろう。しかし――


「それはわたし達の仕事じゃない。必要のない苦労を背負って不必要な負担でリュネー姫を危険に晒すのはわたし達の役目じゃない。そうでしょう?」

「……そうですね」


 少し溜めて頷いたワーゼルだったが、他の二人もどうにも神妙な顔をしていた。仕方ない。それでも助けたい。納得できない……。様々な表情はあるが、そのどれもが可能ならば助けたいという気持ちだった。

 それを一蹴したファリスに思うところもあるのだろう。しかし、彼らはどんな立場で何をする為にここにいるのかはわかっていた。だからこそ、思っている事を飲み込んだのだ。


「それじゃ、まずはドオルと合流するところかしらね」

「……オルド隊長」

「諦めなさいな」


 ワーゼルは最後まで悲し気な表情を浮かべていたが、結局ファリスがオルドの名前をきちんと呼ぶことはなかった。

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