524・役立たずは不必要(ファリスside)

 ファリスが兵士達の陳情を面倒くさく感じ始めた次の日。彼女のテントに伝令が飛び込んできた。

 曰く、アイシカとガルファの準備が整い、二人とも拠点から脱出したということ。二時間後に魔導具が発火する事を知らされた彼女の動きは早かった。伝令に兵士達にもそれを知らせるように伝え、自分は速やかに服を着込み準備をする。

 これが普通の将であれば鎧や甲冑などを着込むのだろうが、ファリスはそんな動くのに邪魔な物を必要としなかった。動きやすく美しい膝ほどの(何故かフリルの入った)スカートにそれに合わせたカジュアルな上着。防御力などないに等しいその姿は戦場には不釣り合いだった。


「準備は終わっている?」

「はい」


 しかしその姿を美しいと思う者こそいるが、そんな格好で戦場に出るなんてふざけていると思う者は誰一人いなかった。

 咲き誇る花のような軽やかなドレス姿やそれに近い格好は彼女達に許された姿と言ってもいいだろう。人造命具をあつかえる者にとっては鎧など無用な長物であり、武器すら身に付けないことが多い。いざという時の為の格闘術をたしなんでいる程度だろう。それだけ人造命具は並の武器よりも優れているという証でもあった。

 悠然と歩いてきた彼女の目の前に広がるのは様々な人種が一堂に会する光景。シルケット、ティリアース両軍の鎧姿が一糸乱れず並んでいるその光景は中々のものがあった。


「……あれ? まだ足りないけど、どうしたの?」


 集った彼らを見渡して最初に気付いたのは集まった兵士達がいつもよりも少ないという点だった。普段のファリスであれば気付いても口に出すかどうか怪しかったが、ここでは団体行動を重視していて、自分がその一番上に立っているのだという自覚が多少なりともあったからだ。


 ファリスの一言に対しどよめきが起こり、中立派の兵士達は一斉にファリス派を見ていた。彼らは自分達が揃っている事を確認していたから可能性があるならばもう一つの派閥である彼らしかあり得なかった。反ファリス派はその大部分を参謀で構成されているのだから自然とそうなるのだが。


「……ファリス様。ジックとヒューンの部隊が見当たりません」


 先頭に立って苦々しい顔で報告したのは彼らの派閥を一つにまとめ上げ、士気を高めた傷だらけのオーク族の兵士。ファリスも彼の顔だけは覚えていた。名前は未だに覚えていないからその他大勢の枠からは出ていないが、それでも大出世していると言えるだろう。


「それって誰の部隊だっけ?」

「よく自分達に都合の良い意見を口にしている奴らですよ。ファリス様にもおべっかを使っていたと思うのですが……」

「……ああ、彼らね」


 先程答えたオーク族兵士の部下と思われる者が代わりに答えてくれたのでとりあえず相槌を打ったファリスだったが、実際の話全く思い出せていなかった。むしろそんなものいたっけ? と頭の中にはてなが浮かぶ程だ。

 ファリスは基本的に他人への興味が薄い。どうでもいい相手の意味のない話など左耳から入って右耳から出ていくくらい聞き流していた。そんな人物の事など、いくら言われても思い出せないのが当然だったが、ここでそれを言えばまた別の特徴を思い出すまで説明されると思ったからこその判断だった。


「……どうしますかにゃ? 彼らの部隊でも十数人はいなくなりますが」

「どこに行ったのかわからない人達のことなんて気にしている場合じゃない。今は作戦決行を最優先にして」

「それで本当にいいのですか? 彼らも戦力の一つです。探した方が――」

「論外ね」


 兵士の言う通り、単独行動をしている部隊も戦力に間違いない。彼らがいなければ今後の作戦に支障が出るし、敵との戦力差次第では数的不利を強いられることになる。しかしそれを加味してもファリスにとっては小事でしかなかった。


「わたしがこの軍の指揮を担当しているはず。そのわたしに何の断りもなく行動する時点で兵士として失格。そんな連中を探すのなんて無駄な労力でしかないわ」


 エールティアの為に完璧に近い結果を求めるファリスであれば、ここで見捨てずに助けに行き、その上で敵戦力を削って拠点を制圧する――そんな未来こそが当然である。と今までの戦闘を見てきた者は思うだろう。損害を出す事を嫌うからこそなのだが……それ故に誤解が生じた。

 自分が制御出来ないものに労力を割くような無駄をするつもりなど最初からないのだ。


「それはつまり……彼らが例え死んでも構わない、と?」


 ファリスの発言にぎろりと目を輝かせたのは最初に発言した傷だらけのオーク族。その言葉に何を当たり前の事を言っているのかと呆れた態度を隠さなかった。


「上官の言う事を聞かない無能は必要ない。それが通る有能なら生きて戻るだろうしね。死にたいなら勝手に死ねばいい。他に聞きたいことは?」

「いいえ。何もありません」


 傷だらけのオーク族はファリスの冷徹な判断に満足がいったのか、嬉しそうに鼻を鳴らしてそれ以上言葉を紡ぐことはなかった。


「他に質問は……ないようね。それじゃあ作戦を始めましょうか」


 兵士達の様子を確認し、周囲を見回したファリスは頷いたのちに行動開始の合図を降す。シルケットでのダークエルフ族防衛拠点攻略作戦が今、幕を開けた。

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