516・アイシカ潜入大作戦(アイシカside)

 ファリスとルォーグがひと悶着もんちゃく起こしている間に、アイシカとガルファは潜入の準備を済ませて拠点の周辺へとやってきていた。茂みの中に隠れて様子を窺っている二人は、相変わらずの厳重さに若干気持ちが高揚する。彼らにとってみれば忍び込むのが難しければ難しいだけやりがいを感じるのだ。そんな彼らにとって、この拠点は攻略しがいのある場所という事になる。


「さて、どうするかみゃ?」


 軽い調子でガルファに問いかけるが、アイシカの答えは最初から決まっていた。これはいわば恒例行事。彼女が聞いて、彼が答える。いつもの事だった。


「お前の魔導で潜入するにゃ。準備はいいかにゃ?」

「当然みゃ! それじゃいくみゃー……『メタモルミスト』」


 発動と同時に二人の身体が黒い霧に覆い隠される。その霧は纏わりつくように二人の身体に入り込み――霧が晴れ、姿が見える頃には普段と全く違う姿――ダークエルフ族の男女が現れた。


「いつ見えても奇妙な魔導だに……魔導だな」

「みゃふふ、口調に気を付けなよ。その姿で猫人族訛りだしたら絶対おかしいから」

「……わかっている」


 語尾に気を付けているガルファの姿がおかしかったのか、くすくすと笑うアイシカ。それは他者から見ればダークエルフ族そのものだった。

 アイシカの使用した『メタモルミスト』。それは選択した対象の全身を黒い霧で覆い、それを密着させて全く別の姿にみせる魔導だ。凝縮した霧は質量を与え、思うままに動かすことが出来る優れた魔導だ。

 あくまで見た目を変える魔導であるため、魔導具による判別をされれば一発でバレてしまう。種族特有の能力も扱えない為、鬼人族に姿を変えても身体能力が向上するわけではない。あくまで外見を変えるだけの魔導。それが『メタモルミスト』だった。


「さて、それじゃ行くよ」


 お互いの姿が変わっている事を確認し、茂みから少し離れ、街道からやってきたていで行く事を決めた。敵拠点に真っ向からこんなに堂々とした侵入を試みるのは彼らくらいのものだろう。

 門の番をしていたダークエルフ族の兵士達が二人の姿を認め、警戒心を露わにするが、エルフ族の容姿に若干和らげる。とはいえ、似た容姿であり違う種族の存在がある為、決して警戒を解く事はなかった。


「止まれ!」


 二人の門番が槍を交差させて門を塞ぐ。それと同時に素直に従ったアイシカとガルファ。ゆっくりと近づいてくるダークエルフ族の兵士達に特に何らかの動きを見せることなく、大人しくしていた。


「見かけない顔だな。どこから来た?」

「ドゥルガンのグリュンクス領にある拠点から来た。最近奴らが嗅ぎまわっていてな。このままでは見つかりかねない。人員を減らして拠点から出る回数を減らす為にここまで追いやられたという訳だ」

「……えらく遠いところから来たな。そこならエンドラガンの方が近いだろう」

「隣国に移った程度では俺達の事を知っている者が現れかねない。下手に捕まれば尋問……いや、俺達をダークエルフ族だと蔑む連中なら拷問されかねない。絶対に口を割らない自信はあるが、どんな魔導を使用されるかわからない以上、迂闊うかつな場所で見つかる訳にはいかない。違うか?」


 いくら事前に打ち合わせていたとはいえ、よくもこうすらすらと嘘が出てくるものだと感心するアイシカ。実際に存在する拠点の位置や地図。彼らが手元に持っている情報を元に作り出された嘘であるが、実際グリュンクス領に存在する拠点の一部は位置情報の割り出しを防ぐために人員削減を行っていた。他にも彼らの影響力が強かったり重要な拠点は地上の人員を少なくし、地下を巧妙に隠してあまり重要視されていない場所を演出したりしている為、真実味があった。それが目の前の兵士達にこの嘘を信じ込ませる。


「確かにな……ならば印を見せろ。同胞ならば出来るはずだよな」


 兵士の言う印とは、ダークエルフ族が彼らを識別するために入れている刺青のようなものだ。通常では見えにくいところに入れる事でそれに気付かない者達からすれば普通のエルフ族にも見える。逆に彼らからも同胞を判別できる手段として用いる事が出来る為、聞かれる事は当然だった。


 アイシカが少しもじもじしている間にガルファは右足の靴を脱ぎ、かかとに入った翼を切り落としたような独特な印を見せる。それに満足した兵士は残ったアイシカに視線を移すが……中々見せない彼女に徐々に苛立ちが現れていく。それでも少し溜め、諦めるように上着の左の袖をめくると……脇下から同じ印が現れた。横からちらりと覗く胸がなんとも言えず煽情的であり、見せろと言った兵士本人が若干顔を赤らめて顔を背けてしまった。


「わかった。通っても良いぞ」


 槍をどけられたがどうにも微妙な空気になったこの場から逃げるように二人は防衛拠点の中に入り込むことに成功した。どうせ『メタモルミスト』で作られた身体だと自信たっぷりに見せずに僅かに恥じらいながら見せる事によって得られた信用の勝利とも言えた。

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