514・隠密(ファリスside)

ファリスを抜きにした会議は中々スムーズに進まなかった。それでもシャニル直属の諜報員を一人送ってもらえるように打診する事だけは決定した。これをベリルに報告して、そこからシャニルに経由する事になるから、しばらくはこの場に留まる事になった。

どちらにしろ自分の役目がなくなったファリスにはしばらくの間彼らが監視するしかなかった。


――


会議が終わり、ベルン経由でシャニルに報告して数日。二人の猫人族がファリス達の拠点にやってきた。

大きなテントに集まったファリス達が見るに兵士……と呼ぶにはやや軽装であり、顔つきや雰囲気から察するにといった感じだ。


「お待たせしましたにゃ。僕はガルファ。こっちは――」

「アイシカですみゃ。よろしくですみゃ」


男女の猫人族は軽やかな身のこなしをしており、夜闇に紛れるのに適した色合いの灰色に落ち着いて静かな呼吸。目の前に存在しなければいることすら気付かれないだろう。周囲の者達の中にはファリスの方を不安そうに見ている者もいて、彼女の反応を窺っているようだった。それがわかった彼女は心の中で呆れかえる。


(あまり他人を当てにしないで欲しいんだけど……)


とはいえ、常人が隠れ忍ぶ者を見極めるのは不可能に近いだろう。彼らからしてみたら気配の薄い者達でしかなく、その手の達人のような独特な空気が感じられずに実力が理解出来ないのだから。

圧倒的な強者であるファリスから見ればまた違い、自分には程遠いけど役に立ちそうだという印象を与える。


「今回は急な要請に応えてくれてありがとうございます。まずは貴方達の主人に感謝を」


ルォーグが先陣を切るように頭を下げて対処する。こういう時はどんな相手にも丁寧な姿勢を崩さない彼の出番である。


「いいえ、僕らもお役に立てる時があるなら喜んでせ参じますにゃ」

「心命に賭して今回の任務、必ず全う致しますみゃ」


周囲の評価を気にしていない二人は、その顔に自信をにじませている。一切ぶれないその姿にファリスは少し見直した。普通ならば、萎縮してもおかしくない。それを潜入して情報を仕入れるのが当然だと言うかのようだ。


「だったらこれ。きっと役に立つから」


ファリスはこういう自分の実力を信じている者を好ましく思う性質で、ほんの少し気紛れを傾かせた。

彼女が二人に手渡したのは黒いネックレス。金属で作られたそれは鈍く輝いており、潜入任務には決して邪魔をしない色合いをしていた。


「これは……?」

「ちょっとした魔導具。大丈夫。きっと二人を守ってくれるから」


効果を説明しないところに不安を感じた二人だが、ここで受け取らなければマイナスの印象を与えてしまう。それに、この場面で不要な物を与えるとは考えにくく――


「ありがたく頂戴しますにゃ」

「感謝いたしますみゃ」


二人はそれを受け取ることにした。これまでの戦歴。そして彼女の振る舞いから、無意味な事はしないと結論付けた結果だった。


「もし、あなた達が何らかのサインをしなかったり、帰ってこなかったらわたしが強襲をかける。それは決定事項として伝えておくね」

「ファリス様、それは――」


ルォーグの驚いた声が上がる。何しろそれは会議では議題にすら上がらなかったのだ。勝手に決められたと思うのも無理はない。

周囲のどよめきも気にせず、ファリスはすました表情をしている。


「ここで何も成果を得られずに『無為に彼らを死なせました。危ないからもう一回送ってください』なんて言うの? 無能を自分でさらすのは愚か者のすること。やってしまったならそれを取り戻す事くらいはしないと」

「ですが、それでは何の為にあれだけ長い会議をしたのかわかりません! どうかお考え直しを……」


ルォーグは懸命に考え直すように忠告するが、それを聞き届けるような人物ではない事を彼自身が一番よく知っていた。


「まずは一日。その後は三日。それだけあれば何かしらの情報は掴めるでしょう? 何もなければまた時間を置いて挑めば良い。あなた達の役目は必ず生きて戻る事。わかった?」

「はいですみゃ!」


真っ先に反応したアイシカは深々と頭を下げ、すっと消えていく。それに続くようにするガルファもいなくなり、辺りは沈黙だけが支配する。


それを破りそうになるのはルォーグの震える手。そして声だった。


「どうして、貴女はそう勝手な事を……!」

「勝手? これはわたし達が決めた事」


何を言っているんだ……とルォーグが視線を逸らす。気付けば近くにいた純粋にファリスを慕っている者達は決心した目で頷いていた。それは全員直接戦場を駆け抜ける戦士達ばかり。対してルォーグ達の派閥の者達は困惑してしまう。


(なるほど。私達は蚊帳の外。つまりはそういうわけですか)


それだけでルォーグ自身悟ってしまった。彼女は誰にも相談していない訳ではない。自分達に全く話していないのだと。

とどのつまり、後方支援に徹し、自分から戦わないルォーグ達の事を信頼していない。それが今、如実にょじつに表れた瞬間だった。

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