505・悔しさと決意(ベルンside)
猫人族と魔人族の混血として生まれたベルンは生まれながらにして批判や侮蔑の的であった。猫人族は聖黒族の初代魔王の時代以前も変わらず同じ種族での交配を続け、自らの血筋と種族としての力を高めていった歴史がある。もちろん、それは猫人族に限った話ではない。オーク族も狼人族も、最強の一角である鬼人族ですら他種族の血を混ぜた者が現れたという話は聞かない。例外として言えば、一度滅び隔世遺伝でこの世に復活した聖黒族、エルフ族。新たに出現した黒竜人族の三つくらいなものだ。そんな彼らですら基本的にスライム族と契約し、自らの種族に近しい存在と子を成す事の方が多く、前者の二つの種族は尚更その傾向が強い。他種族と混ざった混血という存在が王族としてこの世に生を受け、今なお生存している事――それがどれほど珍しい事なのかわかるというものだ。
そんな珍しい存在だからこそ、ベルンは常に他の優秀な猫人族と比べられていた。混血は優れていない。国を治める者として相応しくないと常日頃から言われており、邪険に扱われる事も多かった。それにもめげず、常に自らを高める事を惜しまず、絶えず成果を出してきたからこそ今の彼の立場がある。同じように苦労している二人の妹がいるが、彼女達は国王に守られていたり、ベルンという前例がいる為に期待をしている派閥も存在しているからこそ完全に同じとは言えないだろう。
親の愛を受けて育ちはしたが、過酷な幼少期を過ごした彼だからこそ、猫人族としての誇りがある。自分が彼らを背負って立つのだという自負がある。セントラルの学園に通い、中央の国の貴族や王族と親しくなり太いパイプを構築してきたし、そうして知り合ったアルフと互いに高め合う仲にもなった。実力、知恵共に磨き上げてきた彼は今、地に膝を付いて息を荒げていた。
既に魔力は限界近く、これ以上魔導を行使すれば反動で死にかけてもおかしくはない。何日も戦い、僅かに回復される魔力を片っ端から使って軍の損害が少なく済むように努力を重ねていた。
最初は決して勝てない戦いではなかった。少数の複製体とダークエルフ族との交戦。ティリアースから送られた敵拠点の攻略。被害は出していたものの、次々と戦果を挙げていた彼らの進撃はクーティノスの出現によって止まってしまった。鉄の獣と呼ぶに相応しい形をしており、近寄って牙や爪で噛みついてくる――その程度なら何も問題はなかったのだか、クーティノスが近くにいる時は魔導に多大な制限を受ける。これが問題だった。
猫人族というのは近接戦闘があまり得意ではない。体格や種族としての性質上、短剣は扱えても一般的な長剣などは扱う事が出来ない。当時は魔導銃なる便利な物は存在しなかったため、その素早さと持ち前の魔力量を活かした戦い方をするようになったのだ。そしてそれは今も受け継がれている。ベルン以外は二足歩行している普通のよりも一回り程度大きな猫という風体なだけに、近接戦はクーティノスを撃破するには軽く、身体能力強化を加えても歯が立たない。かと言って魔導はクーティノスの効果で魔力を減らされてダメージを抑えられてしまう。形勢は一気に手づまりな状況まで陥ってしまった。魔導もまともに機能せず、近接戦は非力さが影響して軽い攻撃しか繰り出せない。そんな状況からクーティノスの大量出現ともなれば劣勢に陥っても仕方がないだろう。奮闘虚しく次第に押され始めたあたりから戦いながら徐々に後退して……もう少しで防衛の要であり、他国の援軍がやってくるならばここだろうというルドールまで迫ってきたというのが現状だった。
もはやこれまで……死を覚悟したベルンと敵軍の間に割って入ったのがファリスだった。最初、ベルンは何の力も持たない少女がいきなり割り込んできて戦わせろと言っているだけなのだとしか思っていなかった。しかし、いざ戦いを見てみればその差は歴然。あれだけ大勢いた敵兵があっという間に殲滅していっているのだから。
(これが……これこそが聖黒族の力だっていうのかな?)
次々と繰り出される魔導。真っ白な炎の線は前方の敵を焼き払い、クーティノスは非力そうに見える少女によって次々と首を落とされて行った。今や指示系統を失ってほぼ半壊している。あれだけ自分達が苦戦した敵軍をたった一人で蹂躙している彼女の姿が、ベルンにはとても眩しく美しく見えた。
「べ、ベルン様……」
不安そうに声を上げる兵士の一人がベルンに対し声と同じように不安に満ちている表情で指示を待っていた。
「……あれは恐らく、ティリアースに要請した援軍のはずにゃ。彼女の邪魔にならないように手を出さないよう、厳禁しておくにゃ」
「は、はいですにゃ!」
しっかりと敬礼した兵士はベルンの言葉を伝えるべく、動き出した。ベルンは再びファリスの方を見る。圧倒的な力。それはベルンが何よりも望んで欲したもの。純血派ですらこんな力を見せられたら黙ってしまうだろう。渇望して止まなかった物――それをまざまざと見せつけられるのはある種の苦痛であった。
(……大丈夫。僕はもっと強くなる。いつかこのファリスって人を超えて、それで――)
胸の中にあった悔しさをしまい、その姿を漏れず収める。いずれファリスを――そしてエールティアを超える事を決意しながら――
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