502・行動開始(ファリスside)
数日の足止めを強いられていたファリスは我慢の限界を迎えていた。これ以上こんなところでじっとしていられるか。何の為にわざわざここまで来たんだと声を大にして言いたくなる気持ちを抑えるのも無理だった。
それでもなんとかルォーグにそれを知らせるだけの自制心があった為、今割り当てられた作戦室で話し合っていた。
「わたし達はね、ここで適当に過ごす為に来たわけじゃない。そうでしょう?」
いつにも増して強い剣幕で訴えかけるファリスにルォーグは若干気圧されていた。それもそうだ。本気になれば彼が彼女を止める事は出来ない。ルォーグ自身が一番実力差を理解できていたのだから。
「しかし、現地国の上層部に逆らうのはあまり得策では――」
「なら今敗走してるっていう王子の命は? どうでもいいっていうの?」
詰め寄るファリスの言葉にルォーグは喉に何か詰まったような顔をして押し黙る。どうでも良いわけがない。それは彼もよくわかっている事だった。
「確かにここでえっと――」
「シャニル様です」
「そう、それの言う事を聞いてここにずっといたら王子は死ぬかもしれないんだよ? もしそうなったら、間違いなくティリアースとシルケットの問題になると思うんだけど」
いくらシャニルが言ったからといっても王子を見殺しにする選択をしたことには変わらない。底意地の悪い連中からそこを突かれるのは当然の事だった。多少理不尽でもごり押す。それが彼らという生き物だ。
「しかし、ここで現場の判断を誤れば間違いなく批判の的になるかと」
「そう。だから私一人だけで行けばいいでしょう。もう面倒だし」
(やっぱり私は軍を率いるよりも一人でがんがん進んで倒した方が性に合ってるんだよね。ティアちゃんもそういうのわかってるだろうし……面倒くさいから動いてもいいと思う)
最初から単独行動が得意なファリスにとって、彼らと行動を共にする事自体が難しい。大体一人か二人と行動するくらいが丁度良いくらいまである彼女にとって、軍というのはどうにも行動を遅く感じてしまうのだ。
「……わかりました」
しばらくの間根競べをした結果。ルォーグの方から折れてしまった。最初からファリスが制御不能な事を理解していたという事もあるが、それ以上にこのままここでくすぶっているよりもずっとマシだと判断したからだろう。
ルォーグの了承の言葉を引き出したファリスは、やや満足気な表情を浮かべていた。
「ただし、一つだけ」
「……なに?」
「くれぐれも無茶はしないでください。貴女の帰りを待っている方がいらっしゃるのです。ベルン王子も大切ですが、エールティア様にとってはファリス様も同じように大切なのだと。それだけは覚えておいてください」
真剣な表情で無茶をするなと言うルォーグに対し、ファリスは頷いて答える。
「当たり前じゃない。わたしだってまだ死にたくないもの」
軽い口調で答えたファリスは、そのまま作戦室から出て駐屯基地を離れる。すぐ近くにルドールに滞在している兵士達がいる以上、あまり人目に付きすぎると行動を起こすことが出来なかったからだ。
なるべく城壁に沿うように町を歩き、周囲の様子を探る。
「【シックスセンシズ】」
自らの感覚を研ぎ澄ませる魔導を発動させ、周囲の存在に対し鋭敏に反応できるように強化する。
ファリスはエールティアのように地図を呼び出す魔導を扱えないし、上手くイメージする事は出来ない。だが、相手の敵意を察知する事――『感覚』を強化する事くらいならば、戦闘の役にも立つからとイメージしやすかったのだ。
自らの後を付けている者や視線を向けている者を慎重にあぶり出し、細かい路地に入ったり適当な場所を走ったりと尾行相手が嫌うような移動を繰り返してなんとか数人程いた監視者を撒くことに成功した。それでも彼女が城壁近くをうろついていると知ればすぐさま戻ってくるだろう。その前に動くために高い壁と高いところに屋根がある建物に目星を付ける。
「……よし」
自分の納得の出来る場所を見つけたファリスは、気合を入れるように一言呟いた。
「【ハイジャンプ】」
自らが大きく跳躍するイメージで発動した魔導によって、壁に向かって跳んだファリスは、壁に足が触れると同時に再び【ハイジャンプ】を唱えて壁を蹴って更に高く、建物に向けて跳躍する。そして建物から同じ魔導を駆使して壁へ。そうして次々と足場を使って城壁を超える。
「【フロート】」
地面に落下する前に魔法として存在する【フロート】の効果をより高める為、イメージして魔導として発動させる。急速に落ちていたファリスは、魔導が発動すると同時に身体への負荷が緩やかになっていく事を感じ、最終的に地面から少し浮いた状態になる。元々は水たまりや底なし沼などの上を通る程度の魔法でしかなかったが、上手く緩衝材的な役割を果たしたようだった。
こうして、ファリスは上手く監視者を撒いて外に出る事に成功した。全てはエールティアの為に。それ以外の理由は必要なかった。
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