488・鎧の戦士
払うように振われた斬撃が屈んだ私の頭上を僅かに掠めたかと思うと、今度はそのまま切っ先を返して振り下ろしてくる。
「っ、……随分と攻めてくるじゃない」
このまま斬撃を避けるだけでは芸がない。振り下ろした刃が軌道を変える前に無理やり接近して割り込み、格闘戦の間合いに持ち込む。いくら剣が近接用とは言っても、ここまで近づかれては逆に威力が落ちるというものだ。
そのまま何も出来ないように腕を掴み、後ろに回して関節を極めようとしたのだけど、それを嫌って抵抗してきた。あまり長く争ったらこっちが不利になる事はわかっている。しかしこの好機を逃すわけにはいかない――!!
「【アグレッシブスピード】!」
速度を強化する魔導の力で掴んでいた腕を離すと同時に剣を掴んでいる右手を思いっきり蹴り上げ、剣を弾く。
そのまま片腕を空に向けてだらんと突き出した鎧の男の横っ腹に手を添える。
「【アシッドランス】!!」
迷わず酸性の槍を叩き込む。ここで下手な余裕を見せて攻撃の手を緩めれば、必ず私に跳ね返ってくる。確実に仕留めなければならない。そんな考えで導き出した効率的な一撃だった。
鎧を抉り、中身を焼き切る槍によって身
――ガンッッ!!
突然後ろ頭に激痛が走って、目の前がちかちかと霞む。何が起こったのか理解できない。唐突に与えられた痛みを分析しようと慌てて後退しようとして――長い髪を掴まれ、上に向かうような痛みを感じた後、再度後頭部に衝撃が走り、地面に叩きつけられる。
辛うじて地面に手をついて直接ぶつかる事はなかったけれど、状況は悪い。相変わらず髪の毛は掴まれて痛いし、乱暴にされてどうしようもない。
「【バインドソーン】!」
茨の蔓が私の髪を掴んでいる腕に巻きついて地面に引き寄せる。僅かに緩んだ間に後ろに下がり、改めて何が起きているのか確認する。
「……なるほど」
その光景に思わず納得してしまった。鎧の『男』だと思っていたのは間違っていた。だって、その中身は
がらんどうの鎧が半分ほど酸で溶けて、残り半分でなんとかバランスを取っているようだ。つまり、これもアーマーゴレムやクーティノスと同じ存在というわけだ。……まさかこんな人型まで造られているとは思いもしなかったけどね。
これの何が不味いって他の兵器達と違って学習能力がある事。この一点に尽きるだろう。次々と学んで私の動きに最適化している事だろう。
明らかに他の兵器とは異質。おまけに横っ腹に風穴があいているのに平然と襲い掛かってくる。剣は恐らくクーティノスと同じく魔力に作用するように作られている。隙があるとすれば、学習しない内に仕留める事が出来ればそこまで脅威ではないという事だ。
「【プロトンサンダー】!」
最速で発動する事が出来る魔導の最大火力。私の視界も真っ白に染め上げる程の眩い光が鎧に襲い掛かる。流石に危険だと判断したのか回避行動を取ろうとするけれど、それは遅い。広範囲の攻撃を逃げようと思うには速度が致命的に足りない。魔導で強化する事が出来ればまだ避けられる可能性はあった。でも兵器達は魔導を発動させる事は出来ない。物事をイメージする頭がないのだから、そもそも論外なのだ。
瞬く間に熱と雷の混ざりあった光線に飲み込まれたであろう鎧に向かって、しばらくの間【プロトンサンダー】を発動し続けた。凄まじいほどの魔力の放出。身体から力が抜けていく感覚が伝わってくる。
それもそうだ。あの謎の光を迎撃した時も相当な力を発揮した。自分でもわかる程に消耗している。それでもここで中途半端に終わらせる訳にはいかない。ここまで私の戦い方を学習した兵器が野に放たれてしまえば、間違いなく戦況は変わる。その確信が私の中にあった。
やがて光が収まって、鎧がどうなったか確認する。そこには何かがあったような形跡があるだけで、それ以外は綺麗さっぱりなくなっていた。
「終わった……みたいね」
改めて周囲を確認する。ファリスがこっちに駆け寄ってきているのがわかる。どうやら彼女の方も終えたみたいだ。表情から察するに仕留めたのだろう。
「ティアちゃん! 大丈夫だった?」
「……ええ。なんとかね」
とりあえず笑顔で返しておく。下手に疲労を見せれば心配するのからね。
……それにしても、流石にこれは疲れた。あと二つ拠点が残っているのに、今の状態でこれでは先が思いやられる。いっそのこと何も情報なんて必要ないから殲滅する事にすればどれほど楽だろうか。
そんな事をしても地下に存在する戦力を全て始末出来るかも怪しいし、いざ私以外がそれらに相対する事になったら笑い話にもならないんだけどね。
ひとまずこの拠点も完全に機能しなくなったのだから問題はないだろう。今は疲れた身体を休ませる事に専念しよう。まだまだ課題は残っているし、あの謎の光の事についても頭を捻らないといけないだろうしね。
……そう考えると身体が異様に重たくなってきた。以前の生活が本当に懐かしく感じて、ほんの少しだけ涙が出てきそうになったのだった。
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