458・近づいて行く面倒事

 朝。木漏れ日が部屋を満たしている事に嬉しさを感じながら目を覚ます。気持ちのいい朝を迎える反面、気持ちはどんよりとした暗雲が広がっていた。

 何しろ今からヒュッヘル子爵に会いに行かなければならないのだから。


「はあ……」


 憂鬱だとため息が漏れ出てしまう。これから泥沼に片足を突っ込んでいく。そんな気持ちのまま朝を迎えて嬉しいわけがない。

 いつまでもここでゴロゴロしていたい欲求に支配されるけれど、それを許さないとでもいうように無情なドアノックが響き渡る。


「ティア様。起きていらっしゃいますか?」


 全く空気の読めないノックだけど、せっかくジュールが訪ねてきたのに無視して寝たふりをする訳にはいかない。


「おはよう。ジュール」


 部屋の扉を開けて入って来たジュールに笑顔を浮かべる。

 彼女も私が起きているのに気づいて嬉しそうにしている。何ともまあ単純な子だな、なんて思ったのも束の間。すぐに彼女の表情は複雑そうな笑みへの変貌していた。


 なんというか……起きていた事は嬉しいが、出来れば起きていない方が良かった――そんな感じの複雑な感情がない混ぜになっていた。


「……来てるの?」


 察した私の一言に神妙な面持ちで頷いたそれに深いため息を吐き出す以外道がなかった。


「いつから?」

「それが……私が起きた時には既に……」


 両指を絡めて微妙そうな顔をしている。これが照れている表情だったら告白されているみたいに見えるだろう。


「はぁ……こんな朝早くからご苦労なことね」


 ジュールが起きる前からとなると、結構前に間違いない。ここまでしつこいと感心すらする。真似をしようとは思わないけれど。

 頭を抱えたい気持ちになるけれど、ここでいつまでもこうしている訳にはいかない。


「……用意するから変な行動をしないか見張ってて」

「わかりました」


 押し掛けられても困るから取り敢えず警戒だけはしておくようにジュールに言い聞かせておく。


「ファリスは?」

「ティア様の部屋の近くで待機していますよ。起こすのは私に任せたと」


 なるほど。賢いやり方だ。彼女だったらもっと感情的になってもおかしくなかったろうしね。とりあえずは着替えるのが先決だ。


「なら、そのまま待機してもらって。その間に着替えを済ませるから」

「あの、お手伝いはよろしいのですか?」

「それくらいなら大丈夫だから、彼らの方、よろしくね」

「わ、わかりました!」


 頷いた彼女は速やかに部屋を出て行った。残された私は朝から嫌な気分になったことにげんなりしてしまう。

 ……仕方ない。大人しく着替えるとしようか。


 ――


 着替えが終わった私は、こんな朝早くからやってきたコッテルと二人の兵士の先導でヒュッヘル子爵領でも栄えている町――デルゼンドへと向かった。

 行く時に私一人だけで……なんて言い出したものだからまた揉め事が起こったけれど、それは流石に通らない。

 こちらが招待される方とはいえ、護衛や世話係を連れて行くなと言われるのは筋違いだ。余程私一人に用があるも言っているようなものだ。

 もちろんそれでも私は構わないのだけれど……たかだか子爵の使いごときの言う事を素直に聞くほど人が出来てはいない。おまけに反リシュファス派ともなれば尚更だ。


 自分達がどれだけ馬鹿げた事を言っているのかコッテルは理解していたみたいだけど、兵士達の方は今ひとつピンと来ていなかった。それが余計に説明の手間を掛ける羽目になったのだけれど。


 なんとかジュールとファリスの同行を認めさせた私は、彼らの鳥車に先導される形でデルゼンドへと行く事になったのだ。ちなみにコッテルだけはこちらの鳥車に乗り込んでいる。同行する事に提示された条件だったから、そこは認めてあげる事にした。


「デルゼンドってどんな町なんですかね?」


 あまり目立つことのない田舎町よ――とは流石に言えず、ダンマリすることにした。

 リシュファス領もあまり人の事を言えた感じじゃないからね。


「中央都市と比べれば遥かに田舎でございますよ。あまり期待しないでください」


 私が言わなかった事をわざわざ言っている辺り、向こうも自覚があるのだろう。


「へぇ、結構はっきり言うのね」

「ははは、隠しても仕方ありませんからね。それに、下手に自慢されるよりはいいのではないですか?」

「そうね。周りが見えない発言されるよりはよっぽどね」


 あっさり返すけれど、それもコッテラはあまり気にしていないようだった。

 別に空気は悪くないんだけど……やっぱり最初の兵士達の対応が不味かったのだろう。彼らはコッテラと違って、多少強引でも連れていこうという雰囲気を纏っていた。


 コッテラのように穏便な人もいるけれど、彼らのような人もいる。あまりヒュッヘル子爵の事は知らないけれど、彼自身は一体どっちなんだろう?

 もし兵士の強引さがヒュッヘル子爵の命令だったのなら……多分、彼とは相容れないだろう。

 どう転ぶか……実際彼と会ってみないとわからないとはいえ、不安になる要素は十分と言える。


 ……全く、面倒な事この上ない。近づくにつれ、嫌な予感がするのもより一層その感情を強くする。せいぜい話の通じる人である事を願うとしよう。

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