444・公爵家の力(ラディンside)

 エールティアが敵対貴族の領地のみにダークエルフ族の拠点がある事を手紙で知らせた翌日。ラディンはいつもよりも上機嫌だった。

 ガンドルグの王との話し合いも終わり、中央都市リティアに戻った彼は、手紙を受け取ると同時に準備を始めていた。


(流石我が娘。日頃情報を疎かにしがちのあの子が気付くとは……余程頑張ったのだろう)


 ラディンの目から見たら、エールティアは個の強さが圧倒的過ぎて情報に頼る事をあまりしない少女にしか見えていなかった。

 彼は幼い頃から――学園に入る前から市政を学び、情報収集を行う部隊と度々交流を深めていた。アルファスの事で彼が知らない事などないに等しく、公爵として領地を与えられて以降もそれを欠かす事はなかった。


「領主様、準備完了」


 エールティアに付かせていたフォロウはラディンの背後に立つ。背中合わせになり、互いの顔は一切見えない状態だった。


「そうか。以前、決闘でエールティアにふざけた条件を突き付けた愚か者は?」

「変わらず」


 多くの語らないフォロウをラディンは気に入っていた。情報に不要なものは少ないとはいえ、長ったらしい報告は好きではないからだ。


「それはいい。決闘委員会の連中の割り出しも進んでいるな?」

「つつがなく」

「よし。それでは引き続き頼む」

「御意」


 一言とだけで消えるようにいなくなるフォロウ。それを一瞥する事すらなく、ラディンは机に向かって文章をしたためていた。手紙は全て合わせて三通。一通はエールティアへ。一通はルティエルへ。そして最後の一通は――


(私を謀った罪……そう簡単にあがなえると思うなよ)


 内心の怒りを押し殺しながらしたためる文の中身は、その心とは裏腹に冷静そのものだった。

 内容は決闘委員会への抗議。そしてティリアースの公爵として、不正を行った者への処罰と……それが行われなかった事に対する報復についてであった。

 それは宣戦布告。力を持つ強者として、聖黒族が滅多に行わない行為。


 しかし、それを決断させたのは一つの決闘だった。ティリアースの学園でエールティアが初めて行ったそれの内容……ラディンに届けられた手紙は実は偽物だったのだ。


 ――『敗者は勝者を自由に出来る。但し、命を奪う行為やそれに準ずる行為の一切を禁じる』


 これはつまり、人や貴族として生きていけなくなるような行為をしてはならないという意味合いが込められた一文だった。例え命を奪うことなく弄んだとしても、後々命を絶つ行為に走られては決闘で制限している意味がない。決闘委員会が指定している条件はかなり厳しいものである。実際決闘を行った後からでなければ知る事が出来ないから勘違いされやすいが、決闘委員会本部にのみ存在するルールブックにはしっかりと記されている。


 基本的に生徒はこれを知らない為、決闘を行う際は学園側は知らない振りをして脅しをかけるのが通例になっていた。だからこそ、教師であるベルーザはエールティアに止めるように促したのだ。人はそう簡単に思い通りにはならないという一文。しかし、決闘委員会が受理していた決闘内容にこの一文は存在しなかった。

 リシュファス家と学園にのみこの一文を付け足した内容を送り付けたのだ。つまり、あの決闘で負けていればエールティアは辱められるどころか、命を奪われる可能性すらあった。

 最初はそれを信じ、だからこそある程度悠長に構えていられたのだが……この決闘が終了した後の事。

 学園内での揉め事が終わった際、貴族同士で話をする為に席を設けるのが通例だ。公爵の娘に突っかかった挙句決闘を挑み、敗北を喫したエスカッツ伯爵家が謝罪の席を設け、詫びの品を持ってくるのは当然の話だったのだが……彼らはそれをしなかった。後々ルシェルク王家から直接謝罪を受け取ったとはいえ、あまりにも非常識な行為にラディンは彼らを徹底的に調べ上げる事にしたのだ。


 そこからエスカッツ伯爵家がティリアースの敵対貴族と関わりがあり、決闘委員会が決闘の情報を操作していた事が明らかになった。情報だけの証拠を突き付けてもエスカッツ伯爵は認めず、むしろ難癖をつけていた可能性がある。例え証拠を手に入れたとしても、尻尾切りされるのがオチだった。故にひたすら情報を、証拠を集め続け、怒りを胸に秘め続けた。


 決闘委員会に抗議したところで謝罪と決闘を受理して文書を作成した担当を切られるだけ。それでは到底収まるものではない。


 隠し、堪え続けたその結果――それが今まさに花開いた。エールティアの手に入れたダークエルフ族の拠点の地図。それとラディンが隠密部隊を使って調べ上げたエスカッツ伯爵家の内情と領地。それを地図と照らし合わせ、ルシェルク王国内に軍事拠点がある事を確認した。

 決闘委員会の内情もフォロウに徹底的に調べさせ、茶番を仕組んだ者の特定も成功した。それが上位決闘官であることも突き止め、後は行動を起こすのみ。


(聖黒族を貶めようとする魂胆や度胸は買おう。しかし、挑まれた戦いはどのような形であれ勝利する。強者であるが故に敗北を許されない聖黒族の力……とくと思い知るがいい)


 仕掛けられた戦いに背を向ける事はない。それは娘を利用された父の怒りであると同時に、虚仮にされた公爵としての憤りだった。

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