439・帰ってきた故郷

 久しぶりに感じる潮風が心地よく感じる。

 白亜の街並みは魔王祭に行く前と何も変わらず、ダークエルフ族の拠点を潰したり、複製体との戦いを見届けたり――。

 そんな現状とはどこか無縁な穏やかな時が過ぎている。ワイバーン発着場に降り立った私がまず最初に感じたのがそれだった。


「帰ってきましたね」


 雪風の言葉にジュールも同じように懐かしさを感じているのだろう。どこか感慨深げな表情をしていた。

 対してファリスはほとんど来たことがないせいか、真新しいものを見るかのような目をしていた。

 この光景をラミィにも見せてあげられないのは残念だ。幼い子には色んなものを見せてあげたくなる気持ちになるしね。

 だけど彼女を連れて行く事になったら、必然的にヒューも連れて行くことになる。ガンドルグ側も彼から特に聞くことがないにしても、あまり国の外に動かすことは良しとされないだろうし、イタズラにティリアースの貴族の感情を逆撫でする気は全くない。

 という訳で、今は私、ジュール、雪風、ファリスのメンバーだ。レアディとアロズはヒューとラミィの二人の監視役。多少不安ではあるけれど、今までの彼らの行動から、無茶はあまりしないだろう。

 それにずっとという訳でもない。あくまでお母様や他のみんなの顔を見に来ただけだし、少ししたらすぐに戻る事になるしね。


 今度戻ったらダークエルフ族の拠点を抑えていくことになるだろうから、色んな国に行く事になるだろう。次はいつアルファスに帰れるかわからない。そんな事を考えていると、少しだけ憂鬱な気持ちになる。

 後ろ向きになっている思考をすぐさま振り払って、前向きに歩いて行こう。せっかく帰ってきたのに、こんな気持ちのままでいたくないしね。


「まずは館に帰りますか?」

「……そうね。ちょっとだけ外を見て回ってから帰りましょう」


 本当はすぐにでも館に帰りたい。お母様に会って、色んなことをお話したい。

 だけど、せっかく懐かしい気持ちに浸ってしまったのだから、少しだけうろうろしてもいいだろう――そんな気持ちが湧き上がってきたのもまた事実だった。


「よろしいのですか? アルシェラ様が待っていると思うのですが」

「ほんの少しだけ、よ。他の国に行った時はこんな潮風のある町には行かなかったもの。ちょっとだけ……ね?」


 久しぶりのこの空気を味わいたい――そんな想いから、ついお願いをしてしまった。ジュールとファリスの様子がなんだかおかしいけれど、そこは気にしたら負けだろう。


「せっかく帰ってきたんだもの。ティアちゃんのやりたいようにするといいよ」

「……そうですね。エールティア様も帰ってきたばかりですし、館に向かいながら町の空気を楽しむのも良いと思います」


 雪風に訴えかけるように視線を向ける二人。味方になってくれるのはありがたい。

 三対一は分が悪いと思ったのか、雪風も最終的に納得してくれたしね。その代わり少し遠回りをする形で館に向かう事になった。


 四人でのんびりと景色を見ながら歩いて行く。学園での帰り道に歩いた場所をそのまま沿っている形になっている。よく一緒に帰っていたリュネーがいたら、もっと懐かしい気持ちになっていただろう。


「リュネーは今何をしているのかしらね」

「学園からはずっと離れていましたからね。恐らくアルシェラ様ならご存じではないかと思われます」


 あの子は魔王祭に参加しなかったから、自然とアルファスにお留守番という事になってしまった。彼女自身も納得していたけれど、その結果まさかここまで会えない期間が続くとは思わなかった。

 流石の雪風も学園周りの情報は収集していないらしく、フォルスやウォルカの事についても知りたかったけれど仕方がない。短くてもここにいれば自然と会えると思うし、学園にも足を運ぶつもりだから尚更だろう。


「エールティア様、帰ってきたんだな!」


 景色を楽しみながら館への道を歩いて行くと、以前からよく話しかけて来てくれていた漁師の男の人が懐かしむ様に話しかけてくれた。


「また行かなくちゃいけないけどね」

「それなら早くアルシェラ様のところに行ってやりな。ずっと心配されていたからな」


 漁師の人が遠い目をしている。お母様の事だから信じてくれていると思っているけれど……私が思う以上に心配をかけているみたいだ。


「お母様が……。教えてくれてありがとう」

「今こうして俺達が働いていられるのも公爵様方のおかげだからな。これくらい訳ないさ」


 にやりと笑う漁師の人はまだ仕事が残っているのか、そのまま片手をあげて立ち去って行った。あの顔も久しぶりに見たけれど……相変わらず元気そうでよかった。

 町の人達も平和そうに過ごしているし……ここがこんな風に活気に溢れているだけで、頑張らないとと思う気持ちが湧いて出てくる。


 懐かしい風景を眺めていた私達は、見慣れた館へと戻ってきた。いつも通り庭園が綺麗で、あそこでよくお茶をしていた記憶が鮮明に蘇る。


「お、お嬢様……! おかえりなさいませ!」


 番をしていた兵士の人が敬礼をして急いで門を開いてくれた。ちょっと遠回りしたけれど、ようやく私は故郷の館へと戻ってくる事が出来たのだった。

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