437・思いを馳せる
しばらくの間、ガンドルグに滞在していた私達は、ようやく解放される日が間近に迫っていた。
連日城に行って行われる尋問も、そろそろ一区切りをつける事になったようだ。
ヒューが答えられるのは何でも話すことから尋問もスムーズに進んでいって、むしろただの話し合いになる事が多かったからだ。彼はあまり乗り気ではなかったけれど、始まれば速やかに終わらせようと頑張ってくれるものだから、私の方も負担が少なくて助かったくらいだ。
特に逃げる様子も全く見せないから、今ではレアディ達に見張りを任せているくらいだ。レアディは最初嫌がっていた。……まあ、今までの酒代の話になると途端に冷静になって頷いていた。
流石に酒場に行って飲んで情報収集なんて限度がある。お金というのは無限じゃない。働かざる者食うべからずという言葉が
ヒューもラミィがいればそれで良いみたいだし、晴れて私はお役御免。何か対処できない事が起これば駆り出されるだろうけど……そんな心配はする必要ないだろう。
ラミィに対する彼の執着は中々のものだし、正直なところラミィが不自由しなければ文句を言うことも少ないと思っている。
あんな性格や言い方だから周りとすれ違ったりするけれど、大した事はない。レアディとアロズは過去に手痛い目に遭ったらしいから苦手にしているみたいだ。しかし、時が過ぎればいずれは治るだろう。
――そんな私がまず最初に行ったのはお土産を買う事だった。
――
ガンドルグの王都ビーマテスは相変わらず綺麗な街並みで活気がある。同じサウエス地方にあっても種族や土地や価値観によって変わるものなのだろうと思わせてくれる。
「ティアちゃんティアちゃん! あっちのお店行ってみよう?」
お母様やリュネー達に何かお土産を買おうとファリスと一緒に外に出た私は、ぐいぐいと引っ張れるように歩いていた。
雪風はヒューと何か話があるそうで、ジュールはファリスに教えてもらった事の復習に集中していて話す機会がなかった。
暇をしていたファリスがついてくるのは必然だった。
「そんなに強く引っ張らないで。慌てなくてもお店は逃げないから」
「お店は逃げなくても時間は過ぎてゆくもの。ティアちゃんとの時間は少しも無駄にしたくないの!」
久しぶりに二人きりでお出かけする事になったからか、やたらとテンションが高い。
訪れた店でアクセサリーを私にかざしてみたり、すごく楽しそうだからついつい甘やかしてしまう。
「ほら、こういうの似合わない?」
「私はもう少し控えめな方が……」
「えー、んー……じゃあこれは?」
アクセサリーショップから始まって、雑貨とか服も見に行ったり、ご飯を食べたり……なんだか普通の女の子がしそうな事を満喫してしまっていた。
途中の露店で買った飲み物を片手に楽しそうに道を歩いているファリスを見ると、誘ってよかったなって思った。
彼女は今までこういう事をあまりしてこなかったはずだ。本当のところはわからないけれど、あまり人に心を許さない子だし、辛うじて距離の近いローランにでさえツンケンしているしね。だから、こんな風に笑っているとところを見ると嬉しくなってくる。
いずれは私以外の人とも笑い合えるようになってくれれば……とも思う。でも、先はまだ長そうだ。
「ティアちゃん、どうしたの?」
私の気苦労なんて全く気にしていない様子のファリスだけど、楽しそうに笑っているから……まあいいかな。
「別に。ただ、楽しそうで良かったなって思ってね。最近はファリスに構ってあげられなかったからね」
「本当だよ。わたしはもっとティアちゃんと一緒にいたいのに……。それもこれも全部ダークエルフ族のせいなんだよね。あいつら全員殺したら、もっと側にいられるよね?」
「……そうね」
この子が前世のローランの記憶を引き継いでいるのはわかるけれど、こんな子が『殺す』なんて平気で言葉に出しているのはちょっと悲しい。私が言えた事ではないけどね。
頭の中に重苦しい考えが湧いて出た。でも、今そんなことを考えて押しつぶされても仕方がない。
ここは色々と切り替えて本格的にお土産を選んだ方が良いかもしれない。
「さ、それ飲み終わったらお土産を選んでいきましょう」
「えー、もう少し遊んでいこう?」
縋るようなその目は明らかに私の同情を誘おうとしているのが丸わかりだ。どこか切なそうな顔をしていて、『もう少し遊ぼう?』と訴えかけてくる。心動かされそうになったが、ここは心を鬼にして対処しないといけない。
お母様やリュネーの他にも、あの町には私を知っている人が大勢いる。それで仲良くしてくれている先輩方もいたから、結構色々買わないといけないのだ。
「ほら、時間があったらまた一緒に遊びましょう?」
「むー……」
微妙に納得のいかない表情をしている。でもこればっかりは私も譲るつもりはない。
なにせ一年近く館を離れているのだ。寂しくもなる。会うのならしっかり準備してから会いたいのだ。
一度湧いた郷愁の念は中々消すことが出来ない。このもやもやした気持ちの中、着々と帰郷の準備を進めていくのであった――。
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