423・荒ぶる魂(雪風side)

 エールティアがベアルに戦いの解説をしている最中――雪風は自分の身体が上手く動かない事にもどかしさを感じていた。


「……くっ」


 急激な身体能力の向上。日常生活を送るには何も不都合はない。だが戦闘となると、上昇した能力と鋭くなった感覚のバランスが取れず、身体を動かすときに齟齬そごが発生するのだ。刀を振るうときは出来るだけ万全な状態の方がいい。それならば、可能な限り身体をほぐした方がいい。それが雪風が導き出した結論だった。


 それに付き合っているヒューは、雪風の全力が見たかった。それを降してこそ、あの時の決着をつける事が出来る。そう考えていたからこそ、彼女の動きに合わせ、戦いを続けていた。


「どうした? この程度の戦いで……この俺を倒せると思ったか!?」

「まだ……まだぁぁっっ!!」


 距離を詰めてきた雪風を迎えうつように拳の応酬が繰り広げられ、互いに一度距離を取る。


「【炎風・焔鎌】!」


 距離を取ったと同時に放たれたのは雪風の魔導。鎌の刃の形をした炎がまっすぐヒューへと飛んでいく。


「【アクアスラッシュ】!」


 対するヒューはそれに応戦し、水の刃を解き放つ。触れると同時に蒸発して相殺してしまう。


「【風土・瞬足撃】」


 続けて足を強化し、速度を上昇させる魔導を掛ける。しかし、それは通常であれば役に立つ魔導なのだが……上がりすぎた能力に合わせてしまえば、更に制御不能へと陥ってしまう。


(妙だな。あいつがこんなミスをするとは思えないのだが……何か策があるというのか?)


 ヒューの頭の中には疑問が湧き上がっていたが、それを振り払うように迎え撃とうとし――


「……っ!?」


 何も考えずにまっすぐ走ってきた雪風に驚きを見せた。そんな無鉄砲な戦法を取るとは思わなかったからだ。


(下手に小細工をしても彼は見破ってしまうでしょう。ならば、どれだけ戦い方がわかっていても関係ない。最高速度でぶつかって攻撃する!)


 それはまるで居合の要領。光のように鋭い速さで飛んでいき、拳が放たれた先――予想以上の速さに対応できず、ヒューはまともな一撃を貰い、吹っ飛んでしまう。


「……ぐぅぅっ!」


 なんとか体勢を崩さずに持ち直したヒューだったが、その隙を逃がす程雪風は甘くなかった。再度【風土・瞬足撃】で間合いを詰めた雪風の一撃が――


「そう何度も同じ手が通じると思うな! 【バインドリキッド】!」


 詰め寄る一瞬。ヒューは雪風が向かってくる方向の地面に魔導を発動させる。更に上昇した速度のせいで回避する事も出来ずに地面に設置された罠を踏んでしまう。

 水が雪風の身体に纏わりつき、動きを封じ込めると同時に戦いの風向きを変える。


 動きを制限されている間にヒューが動き出し、ボディブローを放ち、雪風の腹部に重い一撃を加える。

 常人ならば悶絶必至の衝撃に歯を食いしばって耐える雪風は、それでも動くことが出来ずに再び訪れる一撃に成す術も無く晒されてしまう。


「がっあ、くっ……ぅぅぅぅぅ……【炎……風・ほむ……ら、鎌】……っ!」


 全身を縛る水を炎で蒸発させ、風で斬る。三発目を避けられはしたが、雪風の身体ダメージは尋常ではない。ヒューが完全に上回った証でもあった。


 レイアからはらはらと不安げな視線を向けられる一方、エールティアは彼女が苦境に立っても揺るぎない信頼を向けていた。それだけで雪風の心に風が吹く。


(僕は……今度こそ彼を超える。エールティア様の懐刀として。桜咲家の誇りを賭して!)


「……まだ負けていない。そんな顔をしてるな。だが、刀もろくに扱えない状態でどう戦う?」


 不屈の闘志を燃やす雪風だったが、ヒューは彼女の状態を既に見抜いていた。未だに身体能力を振り回されている彼女が自らの剣術で刀を扱う事が出来ずに苦心している。だからこそ腰に提げている二対の妖刀を抜いていないのだと。


「……確かに、今の僕に【風阿ふうあ吽雷うんらい】を扱う事は難しいかも知れません。それでも、僕には信じているものがあります!」

「ならば見せてみるがいい。その信じているものとやらをな!」


 第二ラウンドと言うかのように背負っていた剣を抜いて構える。エールティアは人造命具を使わないのか疑問に感じていたが、この時にその答えが出る事はない。

 思考の渦に入ろうとした瞬間、雪風が仕掛けてきたからだ。


「【人造命刀・凛音天昇りんねてんしょう】!」


 彼女の手に収まったのは透き通る程に美しい刃。雪風の在り方、魂の形を表した人造命具だった。

 静謐せいひつさの中に確かな強さを感じるその刀は、持ち主と同様に格段の成長を遂げたようにも見える程だった。


「……それで本当になんとかなると思っているのか? 自らの力に振り回されていたお前が、それを本当に制御出来るとでも?」

「これは僕が望んだ力。魂そのもの。例え肉体についていかなくても……この刀は必ず僕に応えてくれる。そう信じている!」


 もちろんそこに意味のない自信などはない。確信していたからこそ、【凛音天昇りんねてんしょう】は彼女の手に収まっていた。戦いに荒ぶる魂を諭し、冷静さを取り戻させるように美しい透明さを秘めて。

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