347・街並みの光景

 しばらくファリスとのんびり散歩をしながら新年祭に向けて動いている人達を観察する。

 色んな種族が慌ただしくも楽しそうにしているその姿は、見ているだけでも価値があるような気がする。


 ふとファリスの方を向いてみると、屋台の食べ物に惹かれているようだった。


「…….買う?」

「い、いいの?」

「ええ。偶には、ね」


 彼女の目に止まったのは熱したプレートで挟み込んで焼き目をつけられたパンだった。

 中身別とランダムで食べてみるまでお楽しみにわけられていた。


 私とファリスの分。二つほど購入して、先程見つけた近くの飲食コーナーのほうで食べることにした。

 そこに向かう間にファリスは自由気ままにふらふらと別の屋台に入っていく。


 二度ほどそれを繰り返して、気付けば串焼きやスープなんかも買っていた。


「ふふ、ありがとう。ティアちゃん」

「ちょうどお腹も空いてたし、構わないわ」


 気付いたらお昼も過ぎていたしね。昔――ティリアースにいた時は屋台料理なんて当たり前の存在だった。とれたての魚を煮込んだスープなんかも普通に買っていたしね。


 機嫌良さそうに椅子に座ってスープをちびちびと飲んで、嬉しそうにホットサンドに口をつけていた。


 あまりにも美味しそう食べる物だから、買ってよかったと思える。


「ファリス、美味しい?」

「うん!」


 笑顔と肯定の声を聞いて、私もスープに口を付ける。

 白色でとろっとしていて、暖かみを保っている。優しい甘みがあって、心の底から安らぐ。普通のお店のものとそん色ない――いやそれ以上のクオリティだ。

 北国では一般的なイヴェションと呼ばれている豚を辛いタレに漬け込んでから焼いた物で、ちょっとだけ口の中にひりひりとした感覚が残る。

 その後で先程のスープを口にすると甘さが辛みを包み込んで、より一層美味しく感じられるというある種のループに陥ってしまう。


 なるほど。これは……純粋に美味しい!

 これが屋台で味わえるのは素晴らしいことだろう。


「うん! すっごく美味しい!」


 忙しなく口を動かしていたファリスは笑顔を咲かせていた。

 こうしてみると、本当に純粋な笑顔を見せてくれて、普通の女の子のようにしか見えない。

 ぱくぱくと料理を口に運んでいる彼女を微笑ましい気分になってくる。


「ほら、あまり慌てて食べるから口が汚れてる」


 ハンカチで拭うと、少しくすぐったそうにする。

 拭き終わるとふくれっ面になるところがまた可愛い。


「むー、自分で出来るのに……」

「ふふっ、ごめんなさいね。でも、そんなに美味しい?」


 確かに店売りの料理と同じほど美味しいけれど、それでもファリスのように顔に驚きと感動を強く浮かべてがっつく程じゃない。まるで未知の経験をしているように思える。


「うん! 食事なんて適当に済ませてたからすごく美味しいよ!」

「適当って……例えば?」

「えっと、乾いたパンとか、肉とか野菜とか」


 一つずつ指を折りながら数えているけれど、最初以外は料理でもなんでもない。ただの食材だ。


「……料理は?」

「わたし、美味しい料理はティアちゃんと一緒に食べるって決めてたから!」


 満面の笑みで言ってくれるのは嬉しいけれど、それは結構愛が重いような気がする。

 ……まあいいか。私も似たようなものだったし、これくらい受け止められないなら最初から彼女を引き取らない。


「……私のも食べる?」

「いいの!?」

「ええ。あんまり食べると太るから、少しだけね」


 成長期だと思うから多少は大丈夫だろうけど、それでも食べ過ぎは身体によくないからね。


「じゃあそのスープ貰っていい?」


 ファリスが指さしたのは大分減っているスープだった。確かにこれくらいなら……とは思うけれど、まだホットサンドに手を付けてないし、切って少しだけ渡せばいいかと軽い気持ちで考えたんだけど、まさかこっちの方を指さしてくるとは思わなかった。


「これだといあんまり残ってないし、もう少ししっかりと食べられるこれとかは……」

「だめなの?」


 潤んだ瞳を向けられたら、単純に悪いと言って断るなんて出来なくなる。


「飲みたいならそれでもいいけど……小さいのを新しく買っても――」

「それがいいの! の――こほん、そのスープでいいの。まだ食べたいのもあるしね」


 それ以上に食べるのか? とも思うけれど、食べきれなかったら持ち帰れそうなのは後で食べればいい。

 スープをそのままファリスに渡すと、心底嬉しそうに手に取った。

 近くにあった食器を置く棚にスプーンを置くと、何故か残念そうに食べ始めた。それでもすぐに美味しそうに残ったスープを食べ始める。


 大分気に入ったようだから、また今度来てもいいかもね。

 ファリスの食事の光景を見ながら、偶にはこんな風に穏やかに過ごすのも悪くないと感じていた。


 ただ惰性に過ごしていただけでは得られない充足感だ。


「ありがとう」

「え?」


 スープを飲みながら可愛らしく首を傾げているファリスに「なんでもない」と返す。

 こんな楽しい食事は本当に久しぶりで、心洗われるようだ。その事は本当に感謝しよう。これ以上口に出すのは少し恥ずかしいけどね。

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