343・時間稼ぎ

 どれくらいの時間が経って戻ってきたのだろう? 時間はまだ夜で、シュタインとローランが驚いた表情でこちらを見ていた。


「な、なぜお前達が……!?」


 顎が外れるんじゃないかと思うほど驚いていたシュタインの事は無視して、スライムの様子を確認する。

 黒い泥のような身体から煙が噴出して、膨張と収縮を繰り返していた。多分、中で爆発している【エアルヴェ・シュネイス】とスライムの吸収が激しいせめぎ合いを繰り広げているのだろう。

 こちらに攻撃を仕掛けてこないのもそれを現していた。自身の生存を賭けて内部で戦っているのだから、外部の私達に気を向ける余裕がないのだろう。


 あれはいずれ耐え切れなくなって崩壊するだろう。あのスライムは良く抑え込んでいる方だ。


「ファリス! 無事だったか!」


 スライムに興味をなくして、今度は喜びの声を上げているローランに視線を向けると……ファリスがふてくされるように唇を尖らせていた。多分、あれは照れているのだろう。


「別に……あれくらい、わたし一人で何とか出来たし……。でも、ありがと……」


 私にはあんなに素直で茶目っ気があるファリスも、他の人には借りてきた猫のように大人しくなってしまうようだ。ローランには好意が見え隠れするようなもどかしい顔をしているけれど、他の人には基本的に冷たい雰囲気を出して接しているしね。


「さて……」


 いい加減向き合ってあげないと可哀想だろう。というか、若干鬱陶うっとうしい感じで喚き散らしているから迷惑だ。

 もう少しファリスとローランに感動の余韻を浸らせてあげたかったけど……あんな不格好なさえずりを聞かされていては半減してしまうだろう。


「貴様らぁぁぁぁぁっっ!!」

「うるさいわね。負け犬は少し大人しくしてもらえる?」


 ようやく構ってもらえたのが嬉しかったのか、シュタインは興奮気味に叫んでいた。


「なぜお前が! あの小娘が! そこにいる!?」

「少し落ち着きなさい。スライムの体内を斬って出てきた。それだけよ」

「ふ、ふざけるな!! そんな事が出来る訳――」

「出来たからここにいるんでしょう。 少しは目の前の現実を受け入れたらどうかしら?」


 散々喚いた挙句、現実を突きつけられて絶句する辺り理解力はあまりないみたいだ。

 ここが本物の戦場だったら今頃死んでるぐらい意識がどこか彼方に行ってしまっていた。


「エールティア姫!」


 ひとしきりファリスとの再会を楽しんだローランは、後ろに彼女を引き連れて近寄ってきた。


「もういいの?」

「ああ。ありがとう」

「元から助けるつもりだったし、別に気にする必要ないわよ」

「それでも、貴女のお蔭でファリスが助かったのは事実だから。ありがとう」


 なんだかくすぐったくなってきた。あまりにもまっすぐな目をしてるから、逆に恥ずかしくなる。


「お前らぁぁぁぁ……!!」


 いけないいけない。またシュタインを無視してしまった。いつの間にか勢いを取り戻して怒っていたようだ。

 全く、もう少し大人しく出来ないものだろうか。どんなに粋がっても戦力的に劣勢なのは向こうなのに。


「くそっ……!!」

「シュタイン、もう諦めろ。お前じゃ俺達には勝てない。時間稼ぎだって出来ないだろう?」


 ローランは当然だという顔をしているけれど、それも仕方ない。シュタインは単体では私達の誰と戦っても勝てる事はない。ローランから聞いた話での推測でしかないけれど、よほど上手く隙を突かなければ善戦すら出来ないだろう。


「……ちっ、失敗作風情が……!」

「その失敗作に出し抜かれる貴方は頭が失敗してるんじゃない?」


 不意を突かれた上、スライムに丸のみされた恨みをここぞとばかりに爆発させたファリスはここぞとばかりに挑発している。

 シュタインは更に激怒しているけれど……それでも襲ってくることはない。口は達者でも、飛び込んだら自分がどうなるかくらいはわかるようだ。


 じりじりと後ろに下がってるけれど、視線はちらちらとスライムの方に向いていた。どうやら諦めきれない原因はあれにあるみたいだ。

 期待を寄せられているスライムは、未だに膨張と収縮を繰り返しているだけだけど、シュタインには何が起こっているかわかっていないようだ。


「シュタイン、貴方――いや、貴方達は何をしようとしているの?」

「ちっ、何を言うかと思えば……。それを知ってどうする? 僕がしゃべると思っているのか?」

「別にどっちでもいいわ。話す気がないならここから逃がさない。拷問してでもしゃべらせてあげる」


 不快な表情で舌打ちをしているけれど、足が少し震えているのがわかる。もう少しうまく隠せばなんとかなっただろうけど……こうなったらこっちのものだ。


「出来ると……本気で思っているのか?」

「ええ。それでどうする? 無駄な抵抗せずに話してくれるなら見逃してあげても良いけれど……」

「ティアちゃん!」


 抗議の声が上がるけれど、今は後回しでも良い。少しでもシュタインから情報を引き出さなければならない。今ここで見逃すくらい、問題ない。


「……本当だな?」

「ええ。嘘はつかないわ」


 相変わらず後ろで抗議の声をあげてる二人は放っておいて、シュタインは考えるように腕を組んで悩み始めた。

 一応、自分にとって何が最善か考えているようだ。


「……わかった。ある程度で良いなら話してやるよ。約束は守れよ?」


 どうやら折れてこちらの質問に答えてくれるみたいだ。

 最初からこういう態度で望んでくれればいいの……。


 とも思ったけれど、それも無理な話だろう。こちらの言葉に耳を傾けてくれただけ、前進したと考えよう。

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