338・生み出された者

 久しぶりに見るシュタインの顔よりも、彼の近くに控えている黒い塊が気になる。あれからは嫌な感じがする。嫌悪感と親近感が合わさったような……そんな妙な気持ち悪い感覚。シュタインの存在が消し飛ぶほどの圧倒的な存在感を、その高々黒いだけの塊は放っていた。


「シュタイン……どうしてここに」

「馬鹿が。失敗作の考える事なんてお見通しなんだよ。ライニーにもう少し腹芸を仕込んでおくんだったな」


 ライニー……確か妖精族の少女だっけか。彼女も誰かの複製体なのだろう。


「……ライニーに何をした」

「別に何もしてないさ。僕にとって、あんなのはどうでもいいしね。役目を果たす限り生かしてやる。それだけだ」

「お前はいつもそうだ。俺達を道具としか思っていない。俺達は――!」

「黙れよ失敗作」


 嫌悪感を隠そうともせず、吐き捨てるようにローランの言葉を遮る。

 それだけでも心の底から嫌っているんだと伝わってくる程だ。


「お前達は僕達が作り出した『物』なんだよ。道具は主人の思い通りに動いていればいい。それなのにお前達ときたら……」


 不快ため息を零すシュタインに、ローランは今にも斬りかかりそうだった。普段は落ち着いていたり、多少の出来事は受け流したりする彼なのに、こればっかりは怒りを隠そうともしない。よっぽど腹に据えかねていることだったみたいだ。


「俺達は道具じゃない! ちゃんと意志がある!」

「はっ! お前達にそんなもの必要ない! 使い捨てられるままの人形風情が……!」


 二人で熱くなって口論しているのはいいけれど、私の存在を忘れてはいないだろうか?

 そんな思いを見透かすように視線を向けてきたシュタインは、ローランを見る時よりも忌々しい目をしている。親の仇――いや、長年の宿敵を見るような目だ。


「だが、そんな人形でもここに聖黒族の末裔を連れてきた。それだけは褒めてやる。この女を始末すれば、僕達はもう、誰にも邪魔される事はないんだからな」

「そこまで評価してくれてるのは嬉しいけれど、貴方如きが私に敵うと?」

「まさか」


 くっくっくっ……と笑うのは良いけれど、妙に決まらない。シュタイン自身も私には敵わないとはっきり言ってるし、自分の実力の無さくらいはわかっているようだ。

 となると、残っているのは彼の側でうごめいている黒い塊の存在だろう。


「くくくっ、お前もアレが何か気になるのか?」


 いきなりお前呼ばわりなんて礼儀も何もあったものではない。憤慨しても、シュタインには全く効果がないのが尚更腹立たしい。


 子供が自分の成果を自慢するように誇らしげな表情を浮かべている彼は、自分の世界に入り込んで酔っているようにしか見えなかった。


「こいつはお前達もよく知っている『スライム』さ。ただし……原初の存在のな」

「原初……?」


 つまり遠い昔にいたスライム族の姿……って事だろうけれど、よくそんなものが今まで生きてきたな。

 普通なら進化の過程でいなくなってもおかしくない存在なのに。


 ……いや、ローランのように複製体を作る技術があるのなら、過去にいた生き物を復元する事も出来るのかもしれない。


「ふはは、そんな意外そうな顔をするなよ。僕達エルフ族がどれだけ辛酸をなめてきたと思ってる。コレはその憎しみの結晶さ」

「ダークエルフ族が何を……」

「違う! 僕達こそが本当のエルフ族だ! アールヴ族が……聖黒族のお前達が! 僕達を日陰に追いやったんだろうが!!」


 呆れた。少しでも批判されると子供のように駄々をこねる。この男の弱さが端々からにじみ出てくるのがわかる。自分達のしてきたことを棚に上げて他者を憎む。浅ましい事だけれど、かつての私も似たような存在だったと思うと……一概には言えない。


 ただ、こんな風に怒りをぶちまけるのは情けないと思うけどね。


「ふ、ふふふ……ははは! だけどそれももうすぐ終わる。このスライムを使って、僕達はまた表舞台に返り咲く! 本当のエルフ族として!!」

「随分と色々言ってくれてるけれど……」


 高らかに勝利宣言しているところ悪いけれど、私は微塵も負けるつもりはない。彼がどう思おうが……これ以上はさせない。


「残念だけど、貴方達の好きにはさせない。ここでその野望も終わりよ」

「くすっ、くっくくく、呑気なものだな。お前達だけでこいつを止められると本気で思っているのか?」

「どんなに姿が変わっていても、【契約】すらしていないスライム族に変わりはない。そんなのに俺達が負けるとでも?」


 ローランの言葉にシュタインは我慢できないとでも言いたげに大笑いする。笑ってばかりの彼だけど、それには嘲りの色が多く混じっていて、ローランだけじゃなく私まで不快な思いにさせてくれる。

 だけど……彼が自らの優位性を確信しているくらい程のスライムは気になる。不吉な感じがするのは間違いない。


「なら存分に堪能してもらおうじゃないか。行け! 奴らを飲み込んでしまえ!」


 シュタインの合図と共に動き出したスライム。それに応戦するように私とローランは構える。さっきはあんな風に言ったけれど、彼もあのスライムの不気味さを感じているのだろう。警戒するように気を張り巡らせているのがわかる。


 あのスライムがどれほどの切り札なのかはわからない。注意しないとね。

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