327・過去の少女

「そんな……有り得ない……!」


 ファリスが転生前に戦った私とローランの会話を覚えているなんて、有り得ない事だった。

 私と同じように転生した……というのなら話は別だけれど、それでも彼の転生体は初代魔王様の可能性の方が濃厚で、ファリスや現ローランはまず有り得なかった。


 魔導だって、彼女達よりも前に初代魔王様が同じものを使用していたと文献に載っていたし、彼女の扱う人造命具の正しい名称は【フィリンベーニス】だけだ。

 それだけでファリスとローランが使っている人造命具が初代魔王様の物の派生だということがわかる。


 だけど……ファリスは転生前の私と戦っている記憶が残っている。最初から知っていたような口振りで接してきたところとか、色々納得出来ない事はあるけれど、彼女の中に最期に戦ったローランの記憶が残っている事は確かだった。


「有り得ない? 現にわたしはここにいる。今度は間違えない。もう、欲の皮の突っ張った連中に何も期待しない。わたしはわたしのやりたいようにやる。それだけの力が……ここにはある!」


 喜色満面で突っ込んできたファリスの斬撃を受け止め――


「あは、今度はわたしの『痛み』を感じてよ! 【斬桜血華ざんおうけっか】!」


 彼女の魔導が発動して、周囲に桜の花びらが舞い散る。

 一瞬、またふざけているのかとも思ったけれど、魔導名からしてそれはないと油断を身体の外に追い出す。


 よくよく見てみると、桜の花……ではなく、それを模した何かのようだ。

 嫌な予感がする。離れた方が良いという勘に従って、舞い落ちる桜吹雪の中から離れようとする。


 だけど……それは一歩遅かった。

 舞い散る桜が頰に触れると、うっすらと痛みが現れる。


「桜の刃……?」

「ふふ、そう。桜を模した魔力の刃。どう? 綺麗でしょう?」


 桜吹雪の中、ファリスはうっとりとした表情で私の頬の傷を見つめていた。少し物欲しそうにしているように見えるのは……多分気のせいだろう。


 そんな事より、この魔導の方が問題だ。桜の花びら全てがファリスの魔導なのは間違いなく、どこに逃げてもひらひらとついて回る。

 追尾性がある訳じゃないけれど……それ以上に数が半端じゃない。


 不規則に舞い動く上にこれじゃあ、避け続けろという方が無理な話だ。


「ふふふ、ほら、早く来てよ。一緒に踊ろう?」


 くるくると桜吹雪の中で踊るファリスは、こっちに襲いかかって来るつもりはないようだ。

 簡単に終わらせるつもりはない……そんな想いが伝わってくるようだ。


 さて……どうしたものか? 会場全体まで広がりつつある桜の花びらに対して、有効な手段は少ない。

 ファリスが【斬桜血華ざんおうけっか】に魔力を注ぐのをやめない限り、この桜吹雪は止む事はない。

 防ぐにしても、この中で足を止めて魔導だなんて自殺行為だ。ファリスもいつ襲いかかってくるかわからないしね。


 なら答え――


「【ルインミーティア】!」


 魔導の発動と同時に空の方が少し歪み、黒い空間が姿を表す。

 そこから放たれる無数の隕石が、ファリスが作り出している桜の花びらを次々と散らしていく。

 地面が抉れていくのもお構いなしに次々と隕石が降り注ぐ中、ファリスは無邪気にはしゃいでいた。


「あっはは! 楽しいね! 綺麗な花に、流れ星。もう少し夜に見れたら幻想的だったかも」

「それは残念ね」


 どれだけ魔力で作ったとしても、花びら程度に込められる魔力で隕石を食い止めることは出来ない。

 小さなナイフでは大きい岩を壊すことは出来ない。要はそれと同じ。どれだけ鋭く斬れる花びらも、大きな隕石を破壊する事は出来ない。せいぜい削るくらいだ。

 気を付けなければいけないのは、彼女の【斬桜血華ざんおうけっか】と違って当たれば私も傷つく。上手く避けながら戦わなければいけない。


「ふふ、ほら、こっちこっち!」


 その点、ファリスはこの戦闘環境に早くも順応していた。早々に【斬桜血華ざんおうけっか】の発動を終え、上手く避けながら私に接近してくる。

 剣を振り上げ、空中から勢いを付けて斬撃を繰り出してくる彼女に対し、大地をしっかりと踏みしめ、応戦の構えを取る。


「【フラムブランシュ】!」


 剣を振り下ろそうとした瞬間、片手を私にかざし、不意を突くように魔導を発動させてきた。

 それまで斬撃だと思っていた私は、焦るように応戦する為、片手を突き出す。


「くっ……! 【プロトンサンダー】!」


 放たれた雷の光線は、再びファリスの【フラムブランシュ】と衝突し、激しい爆発と熱を振りまく。


「っ……!」


 なんとか迎撃する事が出来たが、当たる直前に魔導を行使したせいで、目の前で爆発して吹き飛ばされてしまう。空中を舞う感覚は中々味わえるものではないだろう。ワイバーンで飛ぶのとはまた違った感覚だ。


 着地して体勢を整えながらファリスの様子を窺うと、彼女は既に私に向かって刃を振り下ろしている最中だった。


「くっ……」


 なんとかタイミングを合わせて斬撃を防ぐ事が出来たけれど……ここまで苦戦するとは思って見なかった。私の予想では、どれだけ強くてももう少し楽が出来ると思い込んでいた。


「……! ふふ」

「随分と楽しそうね」

「そう? でも、ティアちゃんもすっごく楽しそうだよ?」


 最初は彼女が何を言っているのかわからなかった。私は別に楽しくないし、むしろここまで苦戦する事が予想外だと思っていたからだ。

 だけど……彼女に言われて、初めて自分が笑っている事に気付いた。


 ――そう、私はファリスの言う通り、この戦いを楽しんでいたのだった。

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