323・垣間見える真実
「……貴女は」
より一層初代魔王様について調べよう――そう思った時に驚く声が聞こえて、ついそちらの方に視線を向けた。
そこには想像した通りの表情のローランが立っていた。あれだけの攻撃を受けたのだから半月くらいは寝込んでるんじゃないかと思っていたんだけど……まさかもう動けるようになっているとは思わなかった。
「あの怪我でよくそこまで回復したものね」
「はは、治してくれたのは貴女でしょう? あの時はお礼を言う事も出来ませんでしたが、治療していただいて本当にありがとうございます」
丁寧に頭を下げるローランだけど、私が治したのはあくまで外傷――身体の傷だけだ。痛みや精神的苦痛も多かっただろうし、それが原因で目を覚まさなかったはずだ。ジュールも目を覚まして大分回復してきたけれど、まだあまり身体を動かすことが出来ない。彼はそれ以上の攻撃に身を晒されて、それでもこうして動くことが出来るのだから、素直に驚いたのだ。
「それは良いけれど……本当に大丈夫なの?」
「ええ、おかげさまで」
疑って観察するような視線を向けたけれど、嫌な顔一つ見せない。むしろ笑顔が眩しいくらいだ。憑き物が落ちたように見える。
「それで……それは初代魔王の本……ですよね」
話題を逸らしてきたけれど、それもどうにも歯切れが悪い言い方をしていた。そっちが振ってきたのに、そんな選択を間違えたって顔をしないで欲しい。
「ええ。ちょっと気になって……ね」
「そうですか」
深いため息を一つついて、私と向かい合うように椅子に座ってきた。気にせず読めればその方が良いんだろうけれど、特に本も取らずにこちらをじっと見つめてくるし、妙に気になって集中出来ない。
それ以外にも、彼にも関わっている内容だった……という事もあるからだろうけど。
「……どうしたの? 本、読みに来たんでしょう?」
気まずくなって、少しだけ眉をひそめて抗議するように聞いてみるけれど、ローランは困ったように笑顔を浮かべるだけだ。
「ティリアース出身の貴女が、今更そんな本を読んでいる……ということは、少なからず俺やファリスについて気になる事があるから、ではないのですか?」
「そうだけど……それを知って、貴方はどうするの? 私の質問に答えてくれるって?」
有り得ない事だろう……と鼻で笑って、小馬鹿にするような視線を向けたけれど、それでもローランの表情から真剣さが取れる事はない。少しの間逡巡した彼は、ゆっくりと首を縦に振る。
まさか答えてくれるとは思ってもみなかった私は、きょとんとして彼を見つめてしまった。
「……本当に?」
「ええ。貴女は勝ち進んだ。それに俺の怪我も回復してくれた。だから可能な限り……という条件でなら、答えてもいい」
「後から『嘘でした』っていうのは通用しないからね」
「わかってますよ」
強く念押しした私に相変わらずの困り顔だけれど……彼の申し出は、今の私には何よりもありがたい事だった。
勿論、どれだけが応えられる範囲なのかで変わってくるけれど、こうやって一人で謎を追い続けるよりはずっといい。なにせ色々知りたくて悩んでいたんだし、どんな些細な事でも彼との会話でなにかがわかるはずだ。
「だったら……まず一つ。貴方は初代魔王様と何らかの関係を持ってるわよね。魔導も似ているし……そこのところ、どうなの?」
「そうですね……『その通りだ』と答えておきましょう」
焦りも何も見えない。人というのは動揺していたり、嘘をついたりすれば、ある程度感情が表に出るものだ。
「……随分素直に答えてくれるのね」
「後から『嘘でした』は通用しないのでしょう?」
微笑んでくるのが少し苛つくけれど、今はそんなことを気にしている場合じゃない。嘘かもしれない。けれど、今の状況でそんな嘘をつけばどうなるか……彼がわからないはずがない。
「……貴方は、何者なの?」
「俺はローラン。この世ならざる者」
「それは、死んだ人が蘇ったって事? それとも……」
「貴女――君なら、わかると思うんだけどな。何度も刃を交えてきたみたいだからな」
ドクン、と心臓が跳ね上がりそうになる。私はこのローランとは一度しか戦った事はない。だけど――
「ローラン……やっぱり、貴方は――」
「……いいや。俺は君の知ってるローランじゃない。所詮、ただの抜け殻さ。だけど……俺にはそれで十分なんだ」
伝えたい事は伝えた。そう言いたげに、ローランは後ろを振り向き、図書館から出ようとする。
「ま、待って!」
まだ話していたいと。引き留めて、もっと知りたいと。
そんな願いを込めて出した声は、彼には届かなかった。
「エールティア様。君の真実を知っているのは、あの子しかいない。だから……本気で向き合って欲しい。虫食いの俺には……何にも感じる事は出来なかったからな」
少しだけ振り返って、どこか寂しそうに微笑んだローランは、私を残して去っていった。
後に残ったのは……複雑な気持ちを胸に抱えた、私一人だけだった。
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