316・敗北を刻む者
私が【エルノエンド】を閉じた後――ローランは人造命具が半壊した姿でボロボロになっていた。片腕、片足はなくなって、身体の一部分も欠けていた。
観客席が言葉を失っているのもわかる。
『ガ、ガルちゃん……? け、結界は……?』
震える声でシューリアがガルドラに聞いていた。その声音はどこかすがる様で……目の前の現実を受け入れられないみたいだ。
それも当然だろう。この結界は今まであらゆる死傷を癒してきた。身体がボロボロになっても、命に別条がない程度の怪我で済んでいた。
それが今回は重傷――それも、欠損が激しい状態のまま横たわっていた。それも結界は既に発動しているにも関わらず、だ。
実況席付近から気まずい空気を感じる。ガルドラもオルキアも、まさかこんなことになるとは思ってもみなかったのだろう。
私はゆっくりとローランの側に近寄る。荒い息を吐いて目を閉じている。生きてはいるけれど、今のままじゃいずれ血を流しすぎて死んでしまうだろう。
体中が重りでも詰め込んだんじゃないかってくらいに重い。立っているだけでもやっとで、頭の中にもやがかかっているような気がして、まともに思考出来るか不安を感じるほどだ。
それでも、今見ているかもしれないファリスにそれを悟らせたくない。私が使った【エルノエンド】は、欠点が知られなければ最強に近い。私がこんな恐ろしい魔導を使える――その事実が有利に働くだろうしね。
「……【テリオスセラピア】」
あらゆる傷を完全に癒す魔導を発動させた私は、ただでさえ魔力の大半を消費した身体に鞭を打つような真似をして余計に消耗してしまう。
……ものすごく眠い。やっぱり、変な意地を張らずに、素直に人造命具で勝負した方が良かったのかも……。
『す、すごい! 腕が生えてきてる!!』
『あらゆる傷を癒す魔導……これほどの力を持っているとはな』
『流石聖黒族の姫君、ですね。見て下さい。柔らかな光に包まれたあの姿。奇跡とは、こういう事を言うのかもしれませんね』
感心するような声が聞こえてくるけれど、今はそんな事どうでもいい。早く勝敗を宣言して、終わらせて欲しい。
疲れを見せないようにすることがこれほどきついことだとは思いもしなかった。昔はもっと素直に疲れをアピール出来てた。だからこそ、わざわざ他人の機嫌を窺うような真似はしなかった。
だけど、今の私はしがらみが多すぎる。気軽に弱みを見せられるような身分じゃない。だからこそ、疲れや弱気に負けている場合じゃない。
腕と足が元に戻って、苦しげに息をしていたローランも、落ち着いて安らかな呼吸に戻っていた。
意識は失ったままだけど、これでもう問題ないだろう。
『戻った……みたいだけど……』
シューリアが呟いている間に、白衣を着た大人達が数人現れる。担架にローランを乗せて、そのまま会場から去っていく姿を見送って……ガルドラが一度咳払いをしていた。
『アクシデントはありましたが、彼は恐らく問題ないでしょう。それよりガルドラ決闘官。勝者に宣言を』
『うむ。それでは――勝者エールティア・リシュファス!』
ガルドラの勝利宣言によって、静まっていた観客席が騒ぎ出して、歓声が上がり始める。それと同時に私を恐れるような視線を感じるけれど……そんなものは昔から慣れている。
声に応えるように軽く手を振って、会場から離れて、控え室に戻る。
「エールティア様! お疲れ様――」
モニターで決闘を見ていた雪風が駆け寄ってきたと同時に、私の緊張の糸が切れてしまった。崩れるように彼女に身体を預けて、力が入らなくなってしまう。
「だ、大丈夫……ですか?」
「ええ……ちょっと、張り切り過ぎたみたい」
慌てた雪風は、私をソファのところまで連れて行ってくれた。
沈み込むほど柔らかなソファに身体を預けると、一気に疲れが噴き出しているのがわかる。
「やっぱり、彼は強かったのですね」
「……そうね」
守りを重視にして、隙を窺いながら攻める。シンプルにして強力だけど、それ故に一度崩す方法がわかれば簡単だ。彼はあの鎧にかなり自信を持っていた。実際【エアルヴェ・シュネイス】を防いでいたしね。
加減して発動したとはいえ、多少傷ついただけで終わったのには参った。だからこそ、魔導による攻撃は基本的に無防備になると気づいたんだけどね。
もし【エルノエンド】を使わなくても、高威力の魔導を連発すればどうにかなっただろう。至近距離で自分にも影響が出そうな魔導を放つなんて、常人にはわからないだろうしね。
魔導なしだったら、一般人には地味な戦いが続いただろうし……これで良かったと思う。
段々とまぶたが重くなっていって……眠くなってくるのを感じる。
こういうところで眠るのはあまり、良くないんだろうけど……立て続けに魔導を放ったせいで、今はかなり疲れてる。
それに、何かあれば雪風が守ってくれる……だろうしね。
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