308・準決勝前のお姫様

 長かった魔王祭も既に準決勝と決勝戦を残すだけとなってしまった。もし、ファリスが雪雨ゆきさめとの戦いに勝利したら……私と彼女が戦う事になるのだろうか。

 それとも――


「不味いわね」


 ぼんやりとした表情呟いた私は、今の自分の心境の複雑さにため息が隠せなくなってきた。

 その日が近づいてくるにつれ、余計にこんな感情が湧いてくるというのは、ローランとファリスに浅からぬ因縁を感じている証拠だろう。


 色々と頭の中で考えて……それがぐるぐると回ってくるような感じがする。


「エールティア様、少し気分転換をされてはどうですか?」


 雪風からそんな提案をされたんだけれど……腕を組んで考え込む。確かに、今の複雑な気持ちをすっきりさせてくれるかもしれない良い提案だ。普段と違う景色を眺めるだけでも、気持ちというのは落ち着くものだしね。


「……そうね。外の風に当たるのも悪くないわね」

「偶には一人で歩くのも、また違った風情がありますよ」


 涼し気な笑顔を向けてくれるけれど……雪風がついてこなかったとしても、遠くから護衛が見張っているだろうからあまり変わらない気がするけれども……要は気分の問題だろう。

 向こうから話しかけてくるわけでもないし、少しは紛れるかもしれない。


「……そうね。それじゃ、留守番任せても大丈夫?」

「はい。お任せください」


 胸を張って頷いた雪風の姿が少し頼りになるような気がした。

 この子も言っている事だし、ね。


 ――


 雪風に促されて外に出た私は、なるべく寒くないように厚手のコートに身を包んだ私に冷たい風が吹いてくる。

 ティア―スとは違う冷たい風。それが私の頬を撫でる。いつもと違う場所に空気だけれど、人々の賑わいはあまり変わらない。

 いや、むしろ度数の強い酒で身体を温めてる人達が多いせいか、時たま顔を赤くしている人がいたりする。


 屋台も酒とおつまみといった感じのラインナップが多くて、そこがまたティリアースとは違う。


 走る子供も防寒具だし、公園の方に足を向けると、雪だるまやかまくらを作って遊んでいる子達もいる。

 雪遊びなんてしたことがないから、私も一度はやってみたい気がするんだけれど……流石にそんな歳じゃないことくらいは自覚している。


 そんなところを知り合いにでも見つかれば、恥ずかしい事間違いないだろう。特に雪雨ゆきさめやオルキアには見せられない。

 眺めるだけでも十分に楽しいからいい――


「……あそこにいるのは、ローラン?」


 公園のベンチに座って暖かそうな飲み物を口にしながら、雪遊びに興じている子供達を優し気な瞳で見つめているようだった。

 彼とは去年の魔王祭の時に多少話しただけだったから、あんな風に微笑みを浮かべるなんてすごく珍しい光景に思えた。


 なんだかこっちまで微笑ましい気持ちになって眺めていると……こちらの視線に気づいたローランが私に向かって手を振ってきた。


「お久しぶりですね。エールティア姫様」

「ええ。覚えていてくれたのね」

「貴女様ほど存在感があれば、忘れろなんて言う方が無理ですよ」


 楽しそうに笑っている彼を見ると、不思議と心が安らぐ。本当に、妙な話なんだけどね。


「隣、いい?」

「勿論ですよ」


 ローランは私が座りやすいようにベンチの隣を譲ってくれた。あまりにも自然にしてくれるのだから驚いた。


「寒くないですか?」

「……大丈夫よ。ありがとう」


 腰を下ろした私に真っ先に聞いてくる。そういえば昔……使用人達が男の好みの話をしていたっけ。彼女達の理想の男性というのは、ローランみたいなのかも知れない。


 そう思うと、変に意識してしまい、上手く顔を合わせる事が出来なくなってしまった。


「…….? どうかしましたか?」

「いいえ。それより、こんなところで何をしていたの?」


 あまり変な事を考えないように、話題を振ると……ローランは楽しそうに子供達の方に視線を向けていた。


「ああいう姿を見ると、癒されるんですよ。俺――私は」

「『俺』でいいわ。ため口は駄目だけど」

「……ははっ、ありがとうございます」


 本当はため口でも全然良いんだけど、流石に他の人に見られたら体裁が悪い。一応形だけでも敬語にしておいてくれないとね。


 その後、私達はほとんど喋ることもなく、ただ子供達がはしゃぐ姿を眺めて時間を潰していた。

 特に行きたいところもなかったし、ローランの事が気になっていたのだ。


「……お姫様にはこういうのは退屈じゃないですか?」


 先に口を開いたのはローランだった。

 こちらの方を見ずに、視線は公園ではしゃいでいる子達に向けられたままだ。


「私、子供の頃は港町の子達と遊んだり、冒険に行ったり……お貴族様の子供とは違う人生を歩んできたから」

「それは……」

「意外?」

「ええ」


 まあ、普通の貴族はそんな事させないだろう。どちらかと言うとお茶会だとか、決闘のお稽古だとか……後は勉強と礼儀作法くらいだろう。

 そんなイメージから考えたら、幼少期の私は、それとかけ離れた生活を送ってきた事になる。


 ローランが意外そうな表情をするのも無理もない話だろう。

 ……なんだか、こういうのって良い。決闘ばかりだったし、偶にはこんか穏やかな気持ちで過ごすのは悪くないだろう。

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