305・振り返る者達

 レイアと雪雨ゆきさめの決闘は、蓋を開けてみたら雪雨ゆきさめの圧勝と言ってもいい内容だった。


「レイア……仕方がない事とはいえ、慢心したわね」

「自らが目標に定めた敵を倒したからか、気が抜けていましたね。あの結果は自業自得でしょう」


 雪風はため息でも吐きそうな勢いで声の調子を落としていた。

 確かに、あれはレイアがもう少し雪雨ゆきさめという鬼人族を知っていたらなんとか出来た事だ。彼の飢渇絶刀きかつぜっとうは、魔力を吸い取って彼の身体を癒していた。


 戦闘の最中でも不審に思うことは十分可能だったし、彼の不死性の理由を考えれば、違う戦い方をしようと思い当たるのも十分可能だったはずだ。


 事前に手に入れた情報を過信して、相手への対処を怠った結果、以前よりも練度の高い攻撃についていけなかった――そういう事だろう。


 その点で言えば、雪雨ゆきさめの方は上手く立ち回っていた。自身の人造命具を更に使いこないしていたし、あの【鬼神解放】っていうのは、恐らく鬼神族独特の魔法だろう。

 あんな魔導が吹き荒れる場面で、人造命具片手に突進なんて並大抵の神経では出来ない。


 いくら身体の傷が癒えるからといっても、痛みはそのまま襲いかかってくるはずだからね。


「レイアもアルフと戦っている時は善戦していたのだけれど……やっぱり緊張の糸が緩んだのかも知れないわね」


 あの後は強敵もいなかった。それが余計にレイアの油断を誘ったのかも知れない。

 何にせよ、去年の彼女と比べたら随分と強くなった。それだけは揺るぎない事実なんだし、好成績を残した点については褒めてあげるべきだろう。


 雪雨ゆきさめとの戦い以外は、満点をあげても良いくらいの内容だったからね。


「まあ、レイアもよく頑張ったわ。後は私がなんとかする……それだけ、でしょう?」

「……そうですね。流石、エールティア様です」


 そこまで尊敬されるような事はしてないんだけど……。

 きらきらとこちらに向けてくる視線が眩しくて、顔を背けたくなる。


「闘技場はしばらく使えないだろうし、何も今日結論を出すことではないわ」


 レイアと雪雨ゆきさめがあれほど激しい魔導の応酬を繰り広げたのだから当然と言えば当然なんだけど……あそこまで壊滅的だったら、三日くらいは掛かるだろう。


「あれは凄かったですかね。あの【メテオーズ・アブソリュート】という魔法。僕でもあれは真似できませんね」


 二つの人造命具を駆使した魔導や魔法の数々。私ですらあの魔法の真似はできない。同じ火力の、全く違うものならまだ出せるだけどね。

 魔法というのは扱う事が出来れば誰でも同じ効果をもたらしてくれる。だけど魔導のイメージと違って威力が高いほど、より高度なものほど素質を要求される。魔力や血に関係するものもあるし、敷居が高いものも多い。


 ピンからキリまで存在するのは魔導も一緒だけれど、イメージによって変幻自在な魔導。一定の効果と性能を約束されている魔法と……その中身は全然違う。

 まあ、威力が高くなるにつれ制御が難しい魔法よりも、魔導の方が主軸になるのは仕方がないだろう。


 ……まずい。段々思考が逸れていってる。

 とりあえず、レイアの魔法は私に扱う事が出来ないというわけだ。そういうのは、ちょっと羨ましく思う。


「……エールティア様?」

「そろそろ帰りましょうか。行きましょう」


 半ば強引に話を打ち切ってしまったけれど、仕方ない事だと思って諦めてもらおう。

 心此処に在らずの状態で話しても、ね


 ――


 決闘会場の修理が終わった次の日。魔王祭は何事もなく開催されていた。

 相変わらず観客席は満席で、よく賑わってる。あんな危なそうな


『本当に治ってよかったね! いやー、あの時は焦ったよ!』

『お前は何もしていないではないか』

『誰もが戦える訳じゃないって忘れてない? 私、一応一般人だよ?』


 シューリアがげんなりした表情をしている。確かに、決闘官は戦える。けれど……司会と実況を兼ねてるだけの彼女には流石に無理と言うものだ。

 あんな魔導と魔法が飛び交う中で、一定水準に満たない力しか持たない人物の介入なんて、むしろ邪魔だろう。


『ふむ、済まないな。すっかり忘れていた』

『ええー……はあ、それじゃ気を取り直していくよ! まずは……エールティア選手とベルン選手の入場だよ!』


 呼ばれた私は、ゆっくりと会場の中に入っていく。歓声の雨の中、向かい合うのは魔人族と猫人族のハーフ。リュネーの兄・ベルン。


「にゃは。久しぶりだにゃー。リュネーは元気かにゃー?」

「ええ。元気が良すぎて困ってるくらいね」

「それは良かったにゃー」


 内容的には全く良くないと思うんだけれど……まあいいか。

 こんな風に和んだ状態で戦うなんて、早々ないだろう。考えたら結構新鮮な気持ちになってきた。


「去年は君に仇を取ってもらう形になっちゃったけれど……前と同じボクじゃないのにゃー」

「ええ。十分わかってるつもりよ。だから……」


 私はあえて挑発するように『おいでおいで』としてあげる。少しは楽しみたかったし……ベルンの本気、今ここでしっかりと見極めてあげよう。

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