286・従者の成果(ジュールside)

 カイゼル対セイラルニスの戦いも終わり、ファリスの瞬殺によって予定を繰り上げられたジュールは、初日の最終試合に出る事になった。次の日だと思っていたからか、控室から会場へ向かう通路を歩いている彼女は緊張していた。


 予選では特に問題もなく勝ち進む事が出来たジュールだが、この本選は自分の主であり、強さの象徴であり崇拝すべき相手――エールティアが見ている可能性がある。


 自らが敬愛する主人。誰よりも強く、嫉妬しそうなほど周りの者に好かれる聖黒族最強の少女。

 実際何度も他者と衝突しているのだが、それもひとえにエールティアへの『好意』が溢れている証拠だった。

 そんな世界で一番好きな主人が試合を見ているかもしれない。ジュールが緊張しない理由がなかった。


『それでは、本日最後の決闘、元気に行ってみよう! まず最初の選手――ジュール選手の入場だよ!!』


 呼ばれたジュールは、緊張に身体を強張らせながら、ゆっくりと会場に入っていった。

 開けた場所に辿り着いた彼女を待ち受けるのは、大きな歓声。魔導具による照明。そのどれもが予選の時とは違う大規模なもので、魔王祭本選は他の決闘と一味違う事を教えてくれる。


 ゆっくりと深呼吸をして歩き出した彼女は、顔が強張っていた。


『対するは――クリアス・ジルシア選手の入場だ!』


 同じように名前を呼ばれ、入場したのは、赤い髪に大きな妖精族にはあまり見かけない鎧を着こんだ女戦士だった。

 背負っている長槍が、魔導を得意とする妖精族のそれとは少し違っているように見える。


「よろしくね」


 明るい笑顔でひらひらと手を振って挨拶してくれるクリアスに対し、ジュールは緊張が解けずにぎこちない笑みを返すだけだった。


『さっきの男同士の戦いと打って変わって、今度は女の子同士の決闘だね!』

『見物ですね。一体どんな戦いを見せてくれるでしょうか。それでは、決闘を始めてください』


 ガルドラの代わりにオルキアが魔導具を展開して、発動させて、決闘の開始を宣言する。


 決闘の宣言と同時に突撃してぶつかり合う者達が多い中、クリアスは長槍を構えて待ちの姿勢に入っていた。

 ジュールにとって、それは絶好の機会だった。雪風に近接戦闘の才能がないと言われたジュールにとって、今構えている剣は相手を牽制するための武器。守りの為の使用を主としているため、二人の距離は自然と離れてしまう。


 剣が槍に勝利を収めるのに、三倍程の実力が必要と言われているが、彼女達の間にそんなことは関係なかった。


「『アクアポイズン』!」


 先制攻撃を仕掛けたのはジュールの方だった。見るからに毒々しい色をした水がクリアスに襲い掛かる。

 クリアスはそれを回避して、距離を詰めていく。自らに有利な距離を保ちたいジュールは、水の球や氷の雨を魔導で産み出して近づけないようにしていく。


『ジュールちゃんはずっと距離を取っているようだけど、あの剣で攻撃しないのかな?』

『恐らく、魔導の方が主軸なのでしょう。剣は攻めに使うよりも、守りに使うのではないでしょうか』


 胡散臭い笑みを浮かべ、冷静に解説をするオルキアに対し、いまいち信用がない目を向けるシューリア。

 解説席がどうにも微妙な話をしている間にも、ジュールとクリアスの戦いは激化していった。


「大人しく……しなよっ! 『ボムズウィン』!」


 激しい魔導の攻撃に晒されたクリアスは、それを嫌うように複数の風の塊がジュールとクリアスの間を埋めるように展開して、爆発していく。

 当然、ジュールが発動していた魔導は掻き消され、爆発して周囲に爆風をまき散らしていく。


 攻撃の余波に当てられ、少し後ろに下がったジュールは、更に追撃を仕掛ける事にした。


「『アイテルスパーク』!」


 クリアスの魔導によって体勢を崩され、一気に距離を詰められることを許してしまったジュールは、更なる魔導に寄ってクリアスと距離を取ろうとする。鋭く尖った氷が、地面を走って襲い掛かるそれは、一件直線だけの単調な攻撃でしかないが……その実、氷の周辺には透明の雷が纏わりついていた。見かけに騙されて雷の方に触れたクリアスは、突如走る身体の痛みに戸惑いを浮かべる。完璧に避けたはずだと思っていただけに、そのダメージは計り知れなかった。


「く、ぅ、ど、うして……?」

「『ブラストストーム』!」


 嵐のようにクリアスの周囲に爆発が巻き起こり、身体の痺れが未だに取れない彼女は成すがままになってしまっていた。


「ここです……!! 『コールドフレア』! 『アインパル』!」


 爆発が収まらない内に、ジュールは更に畳みかけるように魔導を発動させる。圧倒的魔導の弾幕。冷たい炎。氷の衝撃――次々と叩き込むその姿は、聖黒族のスライムとして相応しかった。


『……決闘終了です! 勝者、ジュール選手!』


 立て続けに魔導を叩きこまれたクリアスは、満身創痍の姿で結界の効果を受けていた。

 それと対をなすかのように、会場の方は怒涛の攻めを繰り出していたジュールを称える声が上がっていた。


 どうにか勝利を収める事が出来たジュールは、緊張から解き放たれたせいか、少し身体をよろけさせる。

 やっと手に入れた一勝。エールティアが見ているかもしれないと思って緊張していた彼女は、ほっと一安心するのだった。

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