278・ディエダムの外交官
ニュンターは帰る気がないから、とりあえず部屋に待機してもらって……私は件の外交官がいる応接室に向かった。
ノックの後に部屋に入ると……少々疲れた顔をしている雪風と――
「……ですからどうですか? 貴女もいつまでも剣を振るっているばかりではいけません。女性には女性の幸せを真剣に考えるべきなのですよ」
「申し訳ありませんが、僕には仕える御方がいらっしゃいます。どれだけ言われましても――」
なんでか知らないけれど、私の臣下を勧誘しているシーンに出くわしてしまった。普通、こういう事するかな? 本当にふざけている。
熱心に口説いているクァータには私の来訪がわかっていなかったようだが、私に気付いたと同時に勢いよく立ち上がった。
「エールティア様。お待ちしておりました」
「……おお、貴女様は!」
雪風が急に立ち上がったのに不満を感じているようだったけど、私の姿をようやく見えつけたクァータは、唐突に切り替わったかのように大きな声で喜びをあげていた。
「改めまして、私はクァータ・エムスと申します。中央に存在する妖精族の国・ディエダムの外交官を担当しております」
「これはどうも。私はエールティア・リシュファスですわ。それで……今、雪風を口説かれておられましたよね?」
「あ……はは。いやいや、気まずいところを見られてしまいましたな」
多少申し訳なさそうな笑顔を浮かべているけれど、だからどうしたんだと言わんばかりの態度に腹が立つ。こういうのが外交官というのは、国として色々終わってるんじゃないだろうかと思う。
「そういう行為は止めてもらえませんか。彼女は私の大事な臣下の一人であり、掛け替えのない人物です」
威圧するようにクァータを睨むと、彼は参ったなぁ……って感じの軽さで頭を下げていた。どうにもこの男は、自分の仕出かした事の大きさが理解出来ていないようだ。
これだけでもさほど有能な人材ではなく、ニュンターの父親を捕虜にしているから送り付けられた無能って感じがひしひしと伝わってくる。
……それを考えても、よくこの男でこれまで何とかなってきたなと思う。普段は表にあまり出ないのだろう。
「クァータ外交官。わかってはおられるでしょうが、少し間違えれば外交問題にすら――」
「なるほど。つまりこう言う事ですな。ニュンター女王との蜜月を邪魔されたくないが為に、私の謁見を『不当に』断る、と」
わざわざ一部分を強調してくるあたり、いやらしさを感じる。確かに、彼女の訪問はかなりの頻度だった。クァータ外交官の使者の来訪を丁重にお断りする事も多かった。そこを突かれれば、こちらにも落ち度があると思われかねない。
「そう怖い顔をされないでください。私も無理に事を荒立てたいわけではないのですよ。ただ……これからも貴女様と良い仲を築き上げたいと思いまして、ね」
こういう
にやにやと嫌らしい笑みを浮かべているこの男の全てに苛立ちを覚える。
「なるほど。そういう仲を築きたい、と」
この私も、随分と甘く見られたものだ。この程度の脅迫で、私が屈するとでも思っているのだろうか?
「そういう事ですな。是非私達も親しく――」
「貴方、何か勘違いしていない?」
話を途中で区切られた事に不快を感じたのだろう。笑顔が固まってるのがわかる。
「……どういう事ですか?」
「私は別に、貴方と無理に親交を深める必要はない……ということですよ。確かに、ニュンター女王陛下とは親しくさせていただいています。それこそ、毎日いらっしゃってくれるほどに」
「ですが、些か過剰である……と言えませんか? これではフェリシューアが意図的にティリアースの貴族様との交流を妨害されているように思えますが」
クァータはしてやったり、とか思ってそうな顔をしてるけれど……この男は先程していた無礼をもう忘れたのだろうか?
「では、ディエダムにはっきりと申し上げましょう。館に入って私を待っている間、私の臣下である雪風に対し、熱心なアプローチをしていたと」
「……それは」
途端に彼の口からは苦々しいものが漏れた。一応、自分が危ない事をしているのは自覚があるらしい。その分タチが悪いと言えるけれど。
「貴方はニュンター女王陛下が妨害していると思うよりもまず、その素行を改めた方がよろしいかと。この国に来訪した時も、他国の外交官である貴方が一番最初に出迎えてくれましたが……率直に申しますと、あまり無礼を働かない方がいいと思いますわ。お互いの為にも、ね」
自分の冷え切った心がそのまま現れて、クァータを見据えるような感覚があった。実際、殺気が溢れ出ていたようで、クァータは滲んだ汗を拭いている。
「……あまりご加減がよろしくないみたいですね。一度お帰りになって、ゆっくりと休まれてはどうですか? 私達はもはや知らない仲ではないのですから、また体調が治ったからいらしてくださいな。その時は、きちんと歓迎致します」
「……わ、わ、かりまし、た。確かに、少し目眩がしてきたようですから……今日はこれでお暇させていただきます」
ふらふらと立ち上がったクァータを見送って……少しだけ、胸がスッとした。
これ以降、彼が私の館を訪れる事はなかったけれど、それも当然だろう。あれで本当に来たのなら、きちんと歓迎してあげたのに、本当に、残念だ。
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