275・激戦の二人
雪風の一切の遠慮のない刃が、私の命を確実に奪おうとしてきていた。その一つ一つが私の心を昂らせてくれるけれど……同時に寂しくもある。彼女は今まで私が見た中でも最高の動きをしていた。一陣の風よりもさらに早く。雷よりも猛々しい。それでも……彼女の刃は私の命に届きえない。
『正に一進一退の攻防だぁぁぁ!! 激しい斬撃の嵐の中を、軽やかに躱していくエールティア選手!! これはすごい! すごい見物だぁぁぁっっ!!』
ただ、周囲の人達にはそれがわかっていない。本当の実力者にのみ、今の私達の状況がわかるのだろう。その証拠に……私は未だ、一度たりとも攻勢移っていない。
雪風の放つ斬撃を冷静に見定め、避ける事に終始している。
「……っ、やはり、これでも貴女には届きませんか……!」
「そうね。『
斬撃の最中にお喋りに興じる程の余裕を見せるけれど、雪風の心に波が立つ事はないようだ。落ち着いた表情でどんどん斬撃の鋭さを増していっている。私の動きを読んでいるみたいだ。
「この二つの刀は僕の信念。貴女様を御守りする刃です。これを解放する事は出来ません」
「だったらどうする? 貴女のその刃は私に届く事はない。それじゃあジリ貧でしょう?」
何度も続いた斬撃に飽きた私は、雪風の斬撃を放つタイミングに合わせて割り込み、刀を持つ手を掴んで動きを――
「――――っっ!!」
――掴もうとした瞬間、物凄い勢いで後ろに下がっていった。お父様に斬撃を指で摘まれて防がれたのが記憶に残っているのだろう。かなりの反応だった。
『おおっと、どうした事だ? 何かに焦るように慌てて離れていったように見えるぞー?』
実況の方は唐突に攻撃をやめた謎行動に見えたらしい。
どうしてこんな反応をしたのかわかる私にとっては、納得の行動だけどね。
先程とは打って変わって、私の行動に警戒している雪風。魔導戦に移行すれば、本当に勝ち目がなくなるのは分かってるはずだ。距離を取ったままだと、圧倒的に不利なのだから。
「……エールティア様」
「なに? まさか、ここまで来て手はありません……なんて言うわけないわよね?」
「当然です。ですが、一つお許しください」
抜いていた
「許すって……何を?」
「貴女様を全力で殺す事を……です」
それは覚悟を決めた戦士の瞳。それだけで何をするつもりかわかるけれど……今までが本気だっただけに今更だろう。
「私に向かってくる以上、中途半端のまま負けるのは許さない。全力で掛かってきなさい」
「……ありがとうございます。【人造命刀『
雪風の全力を見届ける為に、敢えて攻撃を仕掛けずに待つ事にした。不用意に飛び込んだところを人造命具で迎え撃たれるなんて、何が起こるかわかったものでもないしね。
雪風の手元に現れたのは透き通るような刃を持つ刀。ツバまで真っ白な柄の頭に、細い紐で結ばれた鈴が軽やかな音を立てて揺れる。
鞘から抜き放つように構えたそれは、正に一つの花のように仕上がっていた。
会場の全てが息を呑むのがわかる。それだけ美しく、気高い人造命具だった。それだけで彼女の生き方が、魂が伝わってくる。
……なんだか、酷くもやっとする。私には決して届かない頂きを見せつけられたような……気高さを感じてしまった。
人造命具とは魂の輝き。その人の在り方。私は……私には、この光は眩しすぎる。
ぐしゃぐしゃに穢れている私には、遠い存在だ。
――なんて思っていたら、刃が私の頰を掠めていた。状況から察するに、意識が逸れていた状態で襲い掛かる斬撃を無意識で回避していたのだろう。
「……流石」
返す刀で更なる追撃を掛ける彼女の動きは、以前と比べ物にならない。纏う気配。脈動する魔力。可動域の限界を超えた動き。そのどれもが今までの雪風を忘れさせる段階にまで引き上げられていた。
そして聞こえるのは透明な音を奏でる鈴。何もかもを置き去りにして、鈴の音だけが響き渡る。
「――響け。【無音天鈴】」
雪風の声が聞こえたと同時に、全ての音が消えた。存在するのは、刀を鞘に収めて構えている雪風の姿のみ。
通常ではあり得ない現象だけど、確かに今、この時。あらゆる音が消え失せ、静寂だけが耳を痛くする。
やがて聞こえてくるのは鈴の音。最初は小さく、そして次第に大きくなっていくその音と共に現れるのは、無数の斬撃。魔力の気配はするけれど、物凄い速さで居合抜きを放ち、斬撃を主体としているそれは、鈴の音と共に私に迫ってきて――周囲の全てを蹂躙しながら、私を飲み込む。
――なるほど。これが貴女の本気ね。
面白い! 私の予想を超えた強さに貴女の全てを確かに感じた! なら、私も……力の一端を見せてあげましょう。
それが貴女に対する、最大限の礼になるでしょうから。
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