235・シルケット流(ベルンside)
ドラグニカが有する学園の一つ。最高峰の実力を誇る生徒が集うエンドラル学園。そこの寮の一室で、ベルンは優雅に手紙を読んでいた。
それはシルケットを治めているシャケル王からの現状報告の手紙で、中身はエールティアに関してや、シルケットの現状など様々。休日なのを良い事に、今まで溜まっていた物を一気に片付けているようだった。
……が、お茶を片手に読んでいるその様は、まるで優雅なティータイムを楽しんでいるようにしか見えない。
「どうだった?」
そんなベルンに言葉を投げかけたのは、ルームメイトのアルフ。ルームメイト……と言っても、中央に共有スペースがあって、それを挟むように個室が存在するから厳密には違うのだが。
「予想通りだにゃー。今の状況であそこからリュネーを逃すなんて選択肢を取るなんて臆病者のする事にゃー。父様はそんな愚物じゃないのにゃー」
「わざわざ手紙が来た……という事はよっぽど切羽詰まってるのかな? エールティア姫が増援を要請してくれたなら、全てを置いても駆けつけるんだけれど……」
アルフの発言は一点の曇りもない真実。来いと言われれば、勇み応じて向かうだろう。それを知っているベルンからしてみれば、ため息しか漏れ出ない。
「それでドラゴレフが内政干渉をした挙句、侵略の口実される。エールティア様は売国奴だ……そんな風に言われたらどうするのにゃー」
「そんな馬鹿な事……」
「それをするのが貴族で、今回の決闘の相手にゃー。下手に外に助けを求めたら、すぐに今の流れになってしまうのにゃー」
ベルンもエールティア寄りの思考を持っているが、アルフのように崇拝している訳ではない。しっかりと損得勘定をしながら、最良を選択する。シルケット王家などより、リュネーの幸せの方が彼にとっては大事なのだった。
「……歯痒いね。もっと僕が自由だったら――」
「それはそれで問題だけどにゃー。アルフみたいに強いのが仕官したら、それはそれで余計な波風が立つにゃー。時期的な事を考えても、下手したら口実に使われかねないのにゃー。大人しくしている方が身のためなのにゃー」
「随分と他人事だね。ベルンは心配じゃないのかい?」
「にゃは。心配に決まってるのにゃー。でもきっと大丈夫にゃー。だって……」
目を閉じたベルンが思い浮かべるのは、あの日。魔王祭でライニーを完膚なきまでに叩き潰したという情報を聞いた時の自分。
安堵と同時に、遥かな高みから見下ろされるような気分を味わった。
ベルンはそれを思い出して、ゆっくりと目を開いてアルフに笑いかける。
「だって、リュネーが信じている女の子なのにゃ。だったら、それを信じるのがボクの務めにゃー」
「……強いね。君は。僕にはとてもじゃないけど、無理だよ」
「にゃはは、強いんじゃないんにゃー。ボクはただ、信じてる。それだけにゃー」
にやりとあまり似合わないニヒルな笑みを浮かべるベルンだったが、アルフに真顔で返されて落ち込むような素振りを見せた。
だけど、すぐにまた――普通に笑みを浮かべる。
「だけど……ただで見ているつもりはないのにゃー。ボクはボクで利になる事をしようかにゃー」
ただ見守るだけでは芸がない。シルケットに利益をもたらせる策略は、いくらでもベルンの頭の中に浮かび上がる。中にはアルティーナ側につくという選択肢が存在したのだが、それを彼が選ぶことは決してない。
「……どう動く?」
「にゃはは、とりあえず……エールティア姫殿下の汚名を
「もしアルティーナ様が勝利したら?」
「その時は口裏を合わせて、しばらく大人しくしておくかにゃー」
「そう上手くいくとは思えないけど……」
「にゃふふ、ハイリスクハイリターンなのは承知の上にゃー。でも、何もせずに傍観したって、ローリスクノーリターンなだけだにゃー」
リュネーはのほほんとした調子で言っているが、実質選択肢は一つしかない。一度傍観を決め込めば、勝敗が決した後に口を出しても効果は薄い。更に都合の良い時だけ味方の振りをする国だと言われかねない。そんな事になれば、シルケットはティリアースとの友好関係を解消されかねないだろう。
アルティーナ側につくには、エールティアの側にいるリュネーを切り捨てなければならない。それが最も手っ取り早く、シルケットの貴族内からの不満も最小限に抑える事が出来る。
自分の妹を犠牲にするなんて策。ベルンが用いる訳がなかった。
「……なら、僕の方も乗ろうかな。黒竜人族は聖黒族の事を崇拝している事は誰もが知っている。そんな僕達が悪しき噂なんて聞き捨てならないしね」
「……そうだにゃー。アルフ――いや、ドラゴレフが竜人族に伝えていくのはありかもしれないにゃー。黒竜人族として、聖黒族を擁護するのは当然だしにゃー」
アルフが動くなら、その友達であるベルンが動かない理由はない。彼の提案に乗っかれば、ベルン達も動きやすくなる。損得を考えれば、乗らない理由はなかった。
エールティアの知らないところで様々な事態が動き出す。国内では敵も多い彼女ではあるが、国外では味方が多い。その証拠だった。
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