219・新たな予兆(ファリスside)
時間は遡り、エールティアとレイアが決闘を行った日の夜。一人の少女が人気のない道を歩いていた。月の光もほとんど照らさない夜道のはずだが、彼女はまるで見えているかのようにスイスイ歩いていた。それも機嫌良さそうに鼻歌まじりに。
「……何でお前がここにいる」
暗い道の中から投げかけられた声に、その少女――ファリスは立ち止まった。
「わたしの勝手でしょ」
「勝手だと? どいつもこいつも……自分の役割をわかっ――」
怒鳴り散らそうとした男――シュタインの喉元に小さなガラスの破片を突きつけたファリスは鬱陶しそうな視線で見上げていた。
「あなたこそ、わかってる? せっかく良い気分だったのに……死んでみる?」
「ちっ……」
忌々しいものを見るような視線を向けられても、ファリスの表情は全く動かない。他の者が恐れ怯えるシュタインであっても、彼女を縛る事は出来ない。二人の関係性が如実に表れていた。
「ああ、それとも、あのオモチャでまた縛ってみる? 他の子達みたいに裸にして無抵抗のまま殴られてあげる気はないけどね」
くすくすと笑うファリスの目は、全く笑っておらず、すっとガラスの破片を引いて、そのまま適当に放り投げた。
「くっ……! ファリス、お前……!」
「なぁに? やるなら手加減しないからね。あの子以外、別に必要ないしね」
「……ふん、まあいい」
頭に血が上って怒りに拳を震わせていたシュタインだったが、力で敵わない事は理解できていたのか、ぐっと飲み込んで
「今は自由にするがいい。だが、その時がきたら……わかっているな?」
「もちろん。一番盛り上がるお祭りで……あの子を打ち負かす。それでいいんでしょ?」
「……それでいい」
シュタインの思惑では、エールティアを葬り去る事がベストなのだが、ファリスがそれをするつもりが全くない事を知っていた。下手をすれば自分の身が危うくなる――彼女の持つ力を正しく理解しているからこその行動だった。
「ふふふっ、今から楽しみ。満場の前であの子を嬲って、苛めて……本当の愛を刻んであげるの」
その光景を夢想し、身体を震わせるファリスに、シュタインは気味の悪い物を見ているような視線を向ける。
(何が本当の愛だ。産まれたばかりで記憶も何もない存在の分際で。だが……まあいい。奴を――聖黒族を始末できればな)
「戦いを見た事もないのに随分な自信だな。そうでなくてはならないが、あまり調子に乗るなよ?」
内心の考えを悟られないように話題を振った……が、それが不愉快だったらしい。ファリスは苛立ちを感じている目で殺気を込めて睨んでいた。
「見たことない? 馬鹿にしないで。あんたなんかよりずっとあの子の事は知ってる。他の誰よりも、あの子を理解してあげられるのはわたししかいない。今までも……これからも!」
「わ、わわかった。わかった、から……抑えろ!」
あまりの重圧に耐えきれずによろけるシュタインは内心で「化け物め……」と毒づいた。
すると、今度は嬉しそうに笑みを深め、今までシュタインに向けていた殺気を抑える。それだけで楽になったシュタインは、荒く息を吐いて、貪欲に空気を求めた。
「そう、化け物なの。私もあの子も。だったら、化け物同士にしかわからないことって……あるでしょう?」
単純にシュタインの表情で心の中を読み取っただけなのだが、それに気づけなかった彼は、ただ純粋に驚愕していた。
ポーカーフェイスでもない彼の心を読み取ることなど造作もない。それこそライニーですら可能であろうが、シュタインがそれに気付く日は多分訪れないだろう。
「……そうだな。わかった。もう何も言わん」
疲れた様子でそのままふらふらと拠点に戻ったシュタインは、その後荒れに荒れた。手当たり次第ファリスやローランの同胞を虐げるのだが、そんな事は彼女にとってどうでも良かった。
誰がどう傷付こうと、どう死のうと……関係ない。ファリスの世界は、とても大切な一人と自分。それだけでしか構築されていなかった。
後は全て添え物。どうでもいい存在で、目にかける必要すら感じていない。だからこそ、シュタインのファリスに対する怒りもすぐに冷める。
「ふふ、早く……早くその日が来ないかな。待っててね。とびっきりの愛をあなたにあげる。その時、わたし達の本当の未来が始まるの」
うっとりとした表情でくるくると軽やかにステップを踏んで踊るファリスは、再び夢の国の住人戻――りかけ、急に立ち止まる。
「ああ、でも……あれは良くなかったかな。あんなのにわざわざ傷付けられるなんて……」
ファリスが思い返していたのはレイアとエールティアの決闘。あの時、エールティアはわざとレイアの攻撃を受けて貫かれた。その気になれば、無傷で戦いを終える事が出来たはずなのに。
ファリスにはそれが面白くなかった。エールティアを傷付ける事が出来るのは自分だけだと、そう思っているからだ。
本来なら、すぐにでも殺しに向かっていただろう。が、敢えてそれをしなかったのは、レイアの告白が効いていたからだった。
あれだけ情熱的な告白をした彼女だから、とりあえずは大目に見ておこう。
そう思ったファリスは、再びくるくると回りだした。そのまま大通りへと出て、軽やかなステップを踏み続ける。
それを見た周りの人達は、その姿を『まるで天使のようだった』そうだ。
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