209・真夜中の会談(ラディンside)

 誕生祭の佳境もとうに過ぎ、パーティーも終わった夜中。ラディンはアルシェラを先に休ませ、広場に用意したテーブルに、一人で夜を彩る月を見上げながら、一人ぶどう酒に口を付けていた。


「お待たせしました」


 投げかけられた声。それに視線を向けたラディンが見たのは……北地域を拠点として活動するリッジャー商会の会頭――セイゼフ・リッジャーだった。


「息子の方はもういいのか?」

「ええ。今はぐっすりと眠っています。これもエールティア様のおかげですね」

「私が言うのもなんだが……よくできた娘だよ。いや、出来すぎているかな」


 ははは、とどこか寂しそうに笑うのは、自分の手から離れているのを実感しているからか。


「貴殿もこっちに座って一緒に飲もうではないか」

「……よろしいのですか?」

「せっかくの娘の誕生日なのだ。同じ父親として、な」

「では……」


 ラディンの好意に甘えるような形で、向かい合うように席に着いた。それを見たラディンは、嬉しそうに用意されていたもう一つワイングラスにぶどう酒を注いだ。それを受け取り、飲み干したセイゼフの姿は、他人から見たら堂々としていただろう。内心の決意も余計にそう見せていたのかもしれない。


「リシュファス公爵様。折り入ってご相談が――」

「息子を狙った者達の事か?」

「……何かわかったんですか?」


 にやりと笑っているラディンに驚いたセイゼフは、がたっとテーブルを鳴らして、思いっきり立ち上がった。


「ここは私の町だ。こそこそと動き回る者の尻尾さえつかめれば……後はどうとでもなる。私の町で……それも愛おしい娘に手を出した愚か者には、相応の報いを与えてやらなければな」


 ふふふ、と暗い笑みを浮かべながらワイングラスを揺らすラディンの姿には、相応の凄みが備わっていた。その様子に身震いしながら、セイゼフは改めてラディンを敵に回すことの恐ろしさを実感してしまった。


「それで……どういう輩だったのですか?」

「グリュンクス子爵の差し金……と言えばわかるだろう」

「あの方が……! ですが、あの方は……」


 予想通りでありながら、予想外。そんな驚き方をしたセイゼフは、にわかに信じられなかった。グリュンクス子爵と言えば、北の地域にあるエンドラガン王国の隣の国――ドゥルガン王国の貴族だった。


「間違いあるまい。あやつも選ぶならもう少し質の高い者達を雇えばいいものを……だからこそ、足がつくのだ。中には黙ったままの者もいるが、雇われた数人は同じ事を自白していたよ」

「あの御方は……何という事を――」


 頭を抱えるセイゼフは、自分がかの子爵に狙われる理由を知っていた。だからこそ、こんな愚かな真似をするとは思っていなかったのだ。


「今回の件について、ドゥルガン王国に正式に抗議文を送る事を決めた。知らぬ存ぜぬで動くには些か派手に動き過ぎたからな。子爵との連絡員もこちらで抑える手筈だ」

「……流石ですね。まだ一日も過ぎていないのに」

「私の『眼』はそれだけ優秀だという事だよ。それでも見通せぬ物もある」


 嘆息するラディンが思い出していたのは、ダークエルフ族が関与している一件だった。あの時は人除けの魔導具が複数使われていて、巧妙に隠されていた。使っている者が町の人に手を出さなければ、発見にはもう少し時間が掛かっただろう――と彼は考えていた。


 今回も前回も、エールティアが関わってくれたお陰で、この町に蔓延る者共を駆逐する事が出来た。その事実も含めての嘆息である事は、セイゼフは知る由もなかった。


 正確にはラディンの親バカのお陰なのだが……そこまで考えが至らないのは、気づいていない証拠だった。


「……それで、貴殿はそれが知りたかっただけか? それとも、私の娘の庇護下に入ろう、と?」

「……隠し事や駆け引きは望めないようですね。正確にはゆくゆくは……ですが」


 元々セイゼフは、このティリアースという国に本店を構えるつもりだった。南東のサウエス。北のノスン。そしてセントラルの三つにその地域の本店を構える事。いずれこの大陸の商売を牛耳る為に必要な足掛かりをここにしようと、様子を見るつもりだったのだ。


「ノスンの本店はどうする?」

「形上ですが、移転して支店とするつもりですよ。店員の移動や規模の縮小は一切考えておりません。……ですが、その事があの御方は気に入らなかったのでしょうね」


 ラディンは腕を組み考え込む。そこまでしてここに拠点を構える意味。それは、単純にエールティアの将来性を見込んでと考えるのが一番なのだが、時期尚早なのではないか? と彼は思っていた。


「雪桜花では『機を見るに敏』という言葉があります。好機を逃す素早く判断する事を指すらしいですが……エールティア様は必ず大成されるでしょう。ならば、多少の損をしてでも大きな益を取りに行く。それが商売人というものですよ」


 にやりと笑い返すセイゼフに、ラディンは彼の評価を訂正する事になった。セイゼフには、エールティアが女王まで上り詰める未来が見える。実力も見せてもらった。それらを知ってなお様子見をするような臆病者ではなかった。


 物腰は穏やかなセイゼフだが……強かな一面も確かに備えている商売人だったのだ。

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