156・魔王祭の事情
ローランと話していたせいで、すっかり遅くなってしまった。いつの間にか今日の決闘は最後の一戦になっていた。
「ティアちゃん遅い。どうしたの?」
「ごめんなさい。知ってる顔に会ったからつい……」
「そうなの? こんなところで会うなんて、魔王祭を見に来た人かもしれないね」
リュネーは納得した顔で笑ってくれたけれど……さっきからこの言い訳ばっかり使っているような気がする。
我ながら言い訳の引き出しが少ない気がするけれど、細かい事を気にしている場合じゃない。嘘ではないにしろ、本当の事を言ってないことがバレたら、間違いなく面倒事になる。罪悪感もあってそれどころじゃないというのもあるけれどね。
それに――
「……ティアちゃん、それ本当?」
疑いの眼差しで探るように質問してくるレイアを前にしているのだもの。迂闊な動揺は死を招きそうな気がする。
「え、ええ。本当に決まってるじゃない」
「レイア殿、まさかエールティア様を疑っておられるのですか?」
「そういう訳じゃないけど……知ってるだけって人と会った割にはティアちゃんが嬉しそうだったから……」
ギクリと内心焦ったのは気取られなかったようだけれど、レイアの勘は結構鋭い。だけどいまいち自信が持てないせいか、彼女の表情は暗い。
「昔……幼い時、よく遊んでいた人だから。懐かしくてつい、ね」
遊んでいたというより、どちらかの命が尽きるまで、壮絶な死闘を演じていたという方が正しいんだけど。
「そう、なの。ごめんね。疑うような事言って」
「ううん。気にしてないから、そんな顔しないで」
レイアがすごく悲しげな表情をしているものだから、つい甘い顔をしてしまった。雪風が『困ったお方です』とでも言うかのような顔をしていた。
「幼い時って、今だって十分おさな――」
「フォルス、それ以上言ったら君が酷い目に遭う事になるよ」
ウォルカが
「……そういえば、ハクロ先輩はどうなったの?」
内心ではもう先輩付けで呼んでないけれど、流石に口に出すときはしっかり付けてあげないといけない。あの人も後輩に呼び捨てされてるなんて、体裁が悪いだろうしね。
「お兄様と魔導戦を繰り広げていたけれど、少しずつ押されて負けちゃったよ。やっぱり【
思った通り、ハクロは負けていた。彼も頑張ったんだろうけれど、地力がまず違う。覚醒して一年も経っていないハクロが、覚醒済みで実戦経験も豊富に見えるベルンに勝てる道理はない。
「ティアちゃん。やっぱりって顔してるけど、わかってた?」
「ハクロ先輩とは同じ特待生だからね。実力もよくわかってたから」
「流石エールティア様。目立って強い方は他にいなかったようですから、順当に進めば決勝戦はベルン殿とアルフ殿になるでしょうね」
雪風の言う通り、今回の魔王祭は彼らに勝てる相手は残されていない。何事もなければ、その二人での決勝戦になるだろう。
ベルーザ先生にも一応確認をしようと視線を向けると……なんでか難しい顔をしていた。
「先生、どうしたんですか?」
「……今回の魔王祭は全体的に不作だったみたいでな。前回の二年が出てきてもおかしくはないはずなんだが……」
「前回ってことは、今回の三年生の人達?」
「ああ。正直、前回よりも質が悪くなっている。それなのに、前回魔王祭に出場した選手のほとんどが姿を見せていない。順調に力をつけていたなら、アルフに近づける生徒もいたはずなんだが……」
私やリュネーの質問に答えながら、ベルーザ先生は深く悩むように考え込んでいた。
「単純に弱くなったからじゃないっすか?」
「いいやそれはない。お前達はまだまだ成長期だ。歳を重ねて身体が弱くなるような年代じゃない。仮にそうだとしても、魔王祭の面子が様変わりするのは明らかにおかしいだろう。やはり――」
フォルスの言葉に何か言いかけたベルーザ先生は、私の方に鋭く視線を移して、静かに息を吐いた。まるで聞かれたくないみたいだ。
「……やはり、学園の方で何かがあったと見て間違いないだろう。エンドラル学園の二人は、以前に参加していた生徒より格段に強くなっているしな」
「そういえば、私達の学園でも
「ハクロが【覚醒】した事で、三年の奴らは諦めて辞退してきた。いくら優勝出来なかったら意味が薄いって言っても、参加して経験を積む事にも意義があると思うがな」
ベルーザ先生は嘆き悲しむような素振りを見せているけれど、三年生の気持ちも少しはわかる。本選まで行けば死ぬ感覚を気軽に体験できるという点では、確かに魔王祭程優れているものはないだろう。
だけど、いくら貴重な体験が出来るといっても限度がある。それを生徒に強要するのも、酷という話だ。
誰もが強いわけじゃない。弱い人だって存在する。強さを強要する事は、単なる傲慢でしかない。
ベルーザ先生には悪いけれど、下手に蛮勇を見せて打ち砕かれるよりは良かったんじゃないかと思う。
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