149・渇いた心(雪雨side)

 エールティアが見学したベルンの決闘以降、魔王祭は順調に進められていった。この調子で行けば一ヶ月でしっかりと終えることが出来る――運営側がそうほっと一息を吐いていた時。雪雨ゆきさめは魔王祭の選手が宿泊できる宿の一室で、少しがっかりしていた。


(他の奴らはあんな決闘が出来てんのに、なんで俺だけこんな雑魚ばかり……)


 魔王祭の予選では不完全燃焼な決闘ばかりだった。この本選ではもう少しマシな相手と……いや、本気で戦える相手を――雪雨ゆきさめはそう思っていた。しかし……それは裏切られてばかりで、回されてくる連中は雑魚ばかり。仕組まれた訳ではない以上、巡り合わせが悪いとしか言いようがなかったのだが、そういう風に言い聞かせられるのは二度程までだ。三度四度と続けば、流石に疑う気持ちも湧き上がってくる。


 片や華々しく戦闘を重ねていくベルンやアルフが羨ましく思えるほど、雪雨ゆきさめは明らかに役不足な相手との連戦をしていた。それが、彼にはたまらなく歯がゆい。

 より強い相手と戦い、より高みへ昇る――戦いこそが雪雨ゆきさめの存在意義であり、今の彼の全て。


 エールティアという強敵を得たが、それだけでは決して満足できず、雪雨ゆきさめは更に多くの強敵との戦いを望み、経験を積むことを望んだ。


「これじゃあ、渇くんだよ……! こんなしょうもない戦いしに来たわけじゃねえ!」


 ガン! と机に拳を叩きつけ、粉々に砕いてしまう。それでも彼の怒りは収まらず、余計に飢えていくばかり。その時、扉をノックする音が聞こえてきた。


「……入れ」

「失礼いたします」


 丁寧な挨拶で入ってきたのは、魔王祭の運営・進行を担っている内の一人。魔人族の男性だった。

 その男性は、ちらりと粉砕された机を視界に収め、一切動じる事なく視界からそれを外した。


 男性は鬼人族が戦いを好む性質であることも、雪雨ゆきさめが不満を抱いている事も全て理解していたからだった。


「貴方様の対戦相手が決まりました」

「……ふん、また弱っちい相手じゃないだろうな? いい加減、うんざりしてるんだが」

「それは――」


 にこり、と微笑みながら裏側のカードを一枚差し出す男性に、雪雨ゆきさめは苛立ちを覚えながら奪い取るように受け取った。


「――きっと、ご満足いただけると思います」

「はっ、どうだか」


 思わせぶりな発言をする男性を訝しみながら、貰ったカードを表にして……その内容に驚きを隠せず、雪雨ゆきさめは激しい動揺を覚えた。時間が経つごとにそれは喜びへと変わっていき、今までの怒りが全て吹き飛んだような好戦的な笑いを浮かべていた。


「全くよ、随分と待たせてくれるじゃねえか」

「どうでしたか? ご満足……いただけましたでしょうか?」

「はっ、何寝ぼけたこと言ってやがる」


 表にされたカード。そこには対戦相手の名前と出身国。現在所属している学園名が記載されていた。


 ――


 アルフ・ジェンド。

 ドラゴレフ帝国出身・エンドラル学園二年生。


 ――


 わざわざカードに記載するような情報ではないのかもしれない。しかし、雪雨ゆきさめにとってそんなことはどうでも良かった。待ち望んでいた強敵と戦える。それ以外の事など、彼にとっては些事でしかない。


 この上ない喜びを感じるその感覚をぐっと堪え、その身の内に押しとどめる。


「決まっただけで満足できるような奴は三下だ。まだ、俺の飢えも渇きも……満たされてねえんだよ」

「そうでしたか」


 相変わらず丁寧な物腰を貫き、そのまま男性は部屋を出る事にした。


(なんという威圧感。自分に向けられたわけでもないのに、圧し潰されそうになるほどでした。これが……鬼人族――いいえ、鬼神族として【覚醒】を遂げた男の姿ですか)


 雪雨ゆきさめの部屋から出た男がまず感じたのは背中の冷たさ。そして不快感だった。元々戦闘力の乏しい彼は、雪雨ゆきさめの放った威圧と戦意を浴びただけで死を覚悟してしまった。それだけの凄みを、まだ子供である雪雨ゆきさめが放っていたのだ。


(次の決闘……相当荒れますね)


 男性が不安そうにこれから来るであろう決闘の日に思いを馳せている時。雪雨ゆきさめは、静かに闘気を漲らせていた。そこには先程まで荒み、怒りに身を焼いていた少年の姿は存在しなかった。


(ようやく……待ち望んでいた戦いが出来る)


 ちらりと雪雨ゆきさめが視線を向けた先。そこにあったのは幾度となく彼と共に戦場を駆け抜け、自らが絶対の信頼を置いている巨大な刀。『金剛覇刀』の姿があった。

 かつて最も強大な鬼人族の王と呼ばれたセツキの愛刀。それはどれほどの時間が経っても決して錆び付くことはない。濃密な魔力を帯びた太古の金属がなしえる業なのか、セツキの魂の一部が宿っているからか。雪雨ゆきさめにはわからなかったが、それでもいいと思っていた。


 雪雨ゆきさめにとって大切なこと。それは『金剛覇刀』がここにあり、セツキの意志を受け継いでいるという確かな証である事。

 彼の誇りであり、力の象徴であり続けるその大刀は、変わらぬ輝きを放っていた。


「待っていろよ。もうすぐ、お前を振るうのに相応しい舞台が訪れる」


 長年戦ってきた相棒に話しかけるかのように声を掛けて、雪雨ゆきさめは確かに訪れるその日に思いを馳せていた。

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