147・二重魔法(ベルンside)

『決闘、開始!』

「【スピードブースト!】」


 アイシアは始まりと同時に自らの速度を上げる魔導を発動させる。攻撃に関する魔導があまり得意ではない彼女の十八番。一気に詰め寄って決着をつける速攻だった。


「にゃは、かわいいにゃー。一生懸命になって」


 微動だにしないベルンに向かって歯噛みしながら、アイシアは両手に持つ大槌を振り下ろした。ドワーフ族謹製の鉄をも砕く大槌がベルンの頭を捉え――


「『フェイクシャドー』【エレキテルボディ】」


 それは影となって、消えていく。偽物のベルンの頭に触れた大槌に電流が走り、アイシアは思わず苦痛に顔を歪めた。【フェイクシャドー】で自身をいた場所に影の分身を生み出し、【エレキテルボディ】でその影全身に帯電させる。


 それをベルンは一回の詠唱だけで同時に行った。


「な、なに……?」

「んー、でもボクと戦うには……キミじゃちょっと役不足かにゃー?」

「こ、このぉ……言わせておけばぁ……」

「にゃは。『フレアサテライト』【シューティングスター】」


 ベルンは実に朗らかな笑みを浮かべながら、再度魔導を発動させる。たった一つの詠唱で違う魔導が重なって聞こえる。それこそベルンの得意とする『二重魔法デュアルマジック』。英猫族として【覚醒】を遂げて以降、片時も修練を怠ることなく鍛え上げた代物だった。


 複数の光の星が空中に出現して、アイシアに向けて降り注ぐ。そしてベルンの周囲には三つの炎の塊が、まるで衛星のように回っている。

 攻撃と防御。その二つを同時にこなすのが、ベルンの得意とする『二重魔法デュアルマジック』だった。アルフの扱う『融合魔法フュージョンマジック』とは違い、一つ一つ魔導を放つ必要も、二つを混ぜてより強力な魔導にする必要もない。


 全く同時に、同じ速度で二つの魔導を放つ。攻撃にも防御にも応用の効く英猫族の秘技だった。


『す、すごい! 普通は一つずつしか発動できないのに、二つ同時! これがベルンくんの得意としてる【二重魔法デュアルマジック】だぁぁ!!』


 初めて見る妙技に興奮した様子のシューリアや盛り上がる観客達の声を、アイシアはどこか遠くで聞いているような気がした。

 それも無理もない話だろう。彼女は他の観客達と違って、その怒涛に降り注ぐ【シューティングスター】にその身を晒していた。如何にその攻撃が綺麗に見えようとも、その一つ一つが自らを殺す為に向かっているのだ。とても同じようには思えないだろう。


(防御の魔導でこれを凌ぐ……! そうして今度はあたしの番だ!)


「【マウンテンウォール】!」


 くるくると大槌を振り回して、地面に叩きつける。その予備動作によって出現したのは、山のように大きく分厚い壁。それがアイシアの目の前にそびえ立つ。


「これで……!」

「お疲れ様にゃー。『アクアドロップダウン』【メテオブリッツ】」


 アイシアが生み出した【マウンテンウォール】を飲み込む程の大量の水がアイシアの頭上から降り注ぎ、容赦なくその身体に水の圧力が加わる。それに痛みを感じる事すら許さないとでも言うかのように、ベルンの呼び出した小さな星のような大きさの土塊が流れてくる。雷を纏ったそれは、アイシアのいた場所に落下して……【アクアドロップダウン】で呼び出された水全体に雷を広げ、地面に衝突する。


 いくら結界が張っているからとはいえ、これほどの攻撃を受けたら死ぬんじゃないか? という疑問と不安が観客席の方から立ち込めたその時――土煙が晴れ、姿を現したのは、力なく地面に座るアイシアの姿だった。完全に戦意焼失した彼女の服の大半は焦げて、あられもない姿になりかけていた。


 すぐさまベルンが制服の上着を脱いでアイシアに着せてあげているのを、観客席の誰もが静かに見守って……その沈黙を破ったのは決闘官であるガルドラの勝利宣言だった。


『決闘終了。勝者、ベルン・シルケット』


「大丈夫? 立てるかにゃー?」

「え、えっと……うん」


 ベルンが差し出した手を、アイシアがおそるおそる取った。先程まで圧倒的な魔導で蹂躙したとは思えない柔らかな物腰で、ゆっくりと彼女を引き上げる。


「にゃは、キミももっと魔導を磨くと良いにゃ。今度一緒に勉強でもしようにゃー」


 優し気に微笑むベルンの顔に悪意など欠片もない。純粋にアイシアの事を気にかけているだけだった。それがアイシアにも伝わって……恐怖を植え付けられてもおかしくない戦いをしたにも関わらず、彼女はどこか清々しさを感じてしまった。


『すっごい強かったですね! 今回はベルンくんの圧勝だったけど、アイシアちゃんが弱いって訳じゃないから、他の人は勘違いしちゃだめだよ? あたしとの約束だからね!』


 フォローしたのか、自分の株を上げるために言ったのかわからないシューリアの発言に、観客席の方から声援が上がる。悪い噂もなく、誰に対しても明るく振舞う彼女の人気はこういう何気ないところから来ていて、それをあまり自覚せずに行っているのがまた人の気持ちを掴んでいた。


『それじゃ、次の決闘に行ってみましょう! ガルちゃん、お願いね!』


 ただ、あだ名をつけるところはガルドラなどの一部から不評のようだったが、そんなことを気にするようなシューリアではなかった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る