120・初めての他人視点

 カイゼルと出会った次の日。私達は土産物を買うために小道具屋を訪れていた。やはり、お父様達とリュネーとレイアには必要だろう。


 食べ物……という線も考えたけれど、それはお父様達にして、リュネー達には何か形に残るものでもあげられたら……と思って慎重に選んで、リュネーには氷の結晶をモチーフにしたネックレス。レイアには翼が彫ってある指輪を贈る事にした。

 ジュールと二人で悩んで決めたのだけど……喜んでくれるかはまた別問題だろうね。


「さて、と……後はお父様達に何か買うだけなんだけれど…….何がいいかしら?」

「うーん…….難しいですねぇ……」


 二人で唸るように考え込む事になったのは、お父様もお母様も、プレゼントを送られ慣れていたからだった。どんな物を贈っても喜ばれるけれど、せっかくだから普段見慣れていない物をプレゼントしたかった。


「やっぱり、この国にしかない物が良いんだけれど……」

「だったらお酒とかどうですか? 地酒というものはその国でしか味わえないものなのだとか」


 ジュールの提案にそれしかないかなぁ……なんて考えているとなんだか周囲が騒がしいのに気付いた。

 大きな通りの中央に作られた施設――闘技場に人々が集まっているようだった。


「今から決闘でもあるんですかね?」


 決闘はどの国でも普通に行われているものだから、闘技場なんてどこにでもある。だから最初は気にもしてなかったけれど……ジュールの言う通り、今から決闘が行われるのかも。


「行ってみましょうか。どんな決闘をしているか気になるし」

「はい!」


 私達のように力がある場合、なんらかの条件を付けた戦闘になる事が多いけれど、中には学力だったり、芸術だったりで決闘をする事もある。

 普段は自分が決闘する側だから、他人の決闘なんて見た事がない。


 自然と、闘技場の方に足を向けてしまう私に、ジュールは元気な声で応えてくれるのだった。


 ――


 会場の中に入ると、そこには外と変わらない青空が広がっていた。照明の魔導具は設置されているけれど、なんで屋根が付いていないんだろう? そんな疑問が湧き上がって来たけれど、周囲の熱狂に飲み込まれるように気にならなくなった。


「なんだか、こういう立場も新鮮な感じね」

「ティア様は決闘は見た事なかったのですか?」

「私は大体参加する方だったもの。貴女もそうでしょうに」


 ジュールはハクロとの決闘後に【契約】したスライムだから、初めて決闘をしたのは雪雨ゆきさめの時になる。それ以降に決闘はなかったから、彼女も決闘を見るのは初めてのはずだ。


 一日二日とはいえ、人を奴隷扱いする事も出来るようなやりとりも出来るのに、見世物になっているせいでそういうのは暗い部分は薄い。娯楽のように認識されている事も多いくらいだ。


「今回はどんな決闘なのでしょうか?」

「嬢ちゃん達、知らないで来たのか?」


 ジュールの呟きに答えるように、こっちを向いたのは、狼人族の男の人だった。


「ええ。昨日一泊しただけですから、決闘がある事さえ知りませんでした。良かったら教えてくれます?」

「お、おお」


 あまり気分を害さないように丁寧な口調と笑顔を心掛けたのだけれど……その男の人は困惑するように私を見つめていた。


「……どうしました?」


 なにやら妙な雰囲気を纏ったジュールが男の人を軽く睨んでいた。そんなに強く出なくてもいいのに……と思うのだけれど、別に負の感情を出している訳じゃないから、注意しないでおいた。


「あ、ああ。悪いな。嬢ちゃんらぐらいの子供だと、オレ達が笑っただけで怖がるからよ。笑顔で返してくれるなんざ、新鮮で驚いちまった」


 言われて、私もジュールも納得した。狼人族の顔っていうのは、犬をより凶暴にした狼の顔まんまだからだ。……まあ、そもそも大きな狼が二足歩行している感じの種族なんだけどね。


 だから笑ったりすると、他種族からすると凶暴に牙を剥いているように見える。子供からしたら、とんでもなく恐ろしい姿に見えるのだろう。

 私は別に慣れてるし、ジュールも普通の子供とは違うから驚かないだけで、本来は笑ったりなんて出来ないのだろう。


「別に気にしてないわ。それより――」

『お前ら! 盛り上がってるかぁぁぁ!?』


 決闘の内容を聞こうとしたら、視界の大きな声に遮られてしまった。


「ああ、話す前に始っちまったな。ま、見てればわかるさ」


 男の人もそのまま司会の言葉で会場の方に注目を始めてしまった。……こうなったらむしろ聞こえにくいだろうし、その方が良いかと割り切って、一度ジュールに視線を向けた後、司会の方に視線を向けた。


『司会実況はこのオレ様、ハルヴィアス・エーモンドだ! 決闘官は――』

『どーもなのにゃ。シニアン・ケトルなのにゃ』


 どこかで見た猫人族の決闘官と、やたらテンションが高い司会の狼人族が妙に印象的な感じだ。


『長い話はオレ様の趣味じゃねぇから、早速紹介、行くぜ!』


 待ってました、と言うかのような大きな歓声を受け止めたハルヴィアスは、うんうん頷いて満足げな顔をしていた。


『よっし、まずは南ゲートから入場だ! カイゼル・ベールグゥゥゥゥ!!』


 わああ、と大きな歓声が湧き上がる中、私は耳と目を疑いかけてしまった。


 だって、名前を呼ばれて入場していくその姿は……昨日見かけたカイゼルそのままだったのだから。

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