109・寄り道センチメンタル

 ベルーザ先生の長い話が終わった後、私はジュールを連れて、リュネーとレイアの三人と一緒に帰る事にした。

 帰り道の途中で魔王祭の話になると、案の定ジュールは激しく落ち込んでいた。


「ああ……私も行きたかったです」

「ジュールちゃん……」


 どうにかならない? みたいな視線をリュネーが向けてくる。

 お父様に頼めばどうにかなるかもしれないけれど……学園の行事の一環で行く事になるのに、お父様の力を使うのは間違っていると思う。


 ジュールには悪いけれど、これも自分の実力不足だと思ってもらう他ないだろう。

 ……それでも、妙に気持ちがざわめくのは、少なからずジュールの心酔にほだされたからかも知れない。


「仕方ないわね。一緒に行くのは無理だけれど、偶には一緒にどこかに遊びに行きましょう」

「どこか……ですか?」


 落ち込んでいたジュールがピクリと動いた。素早い動きで私の方を見ているから、期待はしているみたいだ。


「中央都市リティアに行きましょう。そこで一日中付き合ってあげる」

「そ、それは……デートということですか!?」


 さっきの態度が豹変して、がばぁっと勢いよく私に詰め寄ってきた。


「いや、一緒に遊ぶだけ――」

「リティアと言えばティリアース女王が住む王都じゃないですか……そんな場所に……!」

「ティアちゃん。ジュールちゃん、全然聞いてないよ?」


 うっとりとした表情で妄想を繰り広げているジュールに呆れるけれど、それだけ舞い上がってくれたら、言った甲斐もあったというものだろう。

 ……だけど、なんでデートになるのかな? 普通に考えたら遊びに行くだけなんだけど……。


「なんでこうなったのかしら?」

「ティアちゃん、それって素で言ってる?」


 私の問いに答えてくれたのは、レイアの呆れたような声だった。


「……え?」


 レイアのそれについてちょっと考えてみたけれど……よくわからない。

 スライム族は【契約】した主人に敬愛の感情を向けるとも聞くし、ジュールは私を妄信しているって言っても言い過ぎじゃない感情を向けてくれている。


「……鈍感なんだね」

「鈍感?」


 私の代わりにリュネーが首をこてんと傾けて、疑問を口にしてくれた。


「あ、あの……それでエールティア様! いつお出かけになされますか!?」

「え、えっとそうね……次のお休みなんてどう?」

「わかりました! 楽しみにしてますね!」


 ジュールはそれだけ言うと、私を置いて一人だけで走って帰ってしまった。同じ帰り道なのに。


「……ティアちゃん、あんまり期待させる事言わない方が良いよ?」

「別に何も期待させてないんだけど……」

「私、ほんの少しだけ、ジュールさんの気持ちわかるな」


 私は全くわからないから、少しは教えて欲しいんだけど……レイアはため息を吐いてしまった。


「全然話についていけないよ」

「私もだから大丈夫」

「ティアちゃんが言い出した事なのに?」


 そう、発端は私なのに、なんでこんな事になったのかさっぱりだ。

 何故か私とリュネーだけが蚊帳の外になっている。そんな事を思っている間に、いつもの分かれ道についてしまった。


「それじゃあね。ティアちゃん」

「また明日ねー」


 結局レイアが何をわかったのかわからないまま、私は二人と別れて、館の方への帰り道をのんびりと歩くことにした。最初はまっすぐ帰ろう……そう思っていたのだけれど、なんとなく、今の状態でジュールと会う気が引けたから、少しだけ寄り道することにした。


 ――


 港町特有の潮の香りを含んだ風の中、私は久しぶりにゆっくりとこの町を歩く。先月はほとんどここにいなかったし、こうして海の見える場所を歩いた訳でもなかったしね。

 見知った街並に、匂いに風。少しだけ離れただけなのに、帰ったあの日はすごく懐かしくなった。


 昔はどこか居心地の悪ささえ感じていたはずなのに、いつの間にかここが自分の故郷みたいになっているみたい。少しずつ水平線の彼方に向かって沈んでいく太陽さえ、愛おしく感じ――


「――愛おしい、か」


 自分で思ってて気持ち悪くなってくる。この私が『愛おしく』だなんて単語を使うなんてね。他でもない、この私が。

 景色を楽しみながら歩いていたせいか、少し感傷的になっているのかもしれない。


 そろそろ戻ろうかな、と思って歩いてきた道を戻ろうとすると……日が傾いて、暗くなっている路地の方で何かが動いているのが視界の端に見えた。幼い頃からこの道を通ってきたんだけれど、夕方だってそんな事はなかった。


 なんだか嫌な感じがして、こっそりとその動いてるものを追いかける事にした。


「『シャドウウォーク』」


 暗い路地に慎重に入った私は、影に隠れて歩く魔導を呟くように発動させる。この魔導は物陰や人影なんかに溶け込んで、自分の存在感を極限まで下げる魔導だ。太陽が出ている時限定だけど、そのおかげでより強い効果を発揮してくれる。


 さて、悪魔族が出るかダークエルフ族が出るか……どっちが出てもこの国では問題なんだけど、先に進むとしましょうか。

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