96・中庭のひと時
リュネーはタオルで汗を拭きながら中庭のテーブルがある場所で休憩していた。
中庭の方に出た私が彼女の方に近寄っていくと、気付いた彼女は笑顔で迎え入れてくれた。
「あ、ティアちゃん」
「お疲れ様。リュネー」
「にゃは、これくらい、なんともないにゃ」
朗らかに笑いながら、リュネーは疲れと喉の渇きを潤すように深紅茶を飲んでいた。
私も近くの椅子に腰を掛けると、メイド猫がささっともう一つお茶を用意してくれた。
「そういえば、貴方のお兄様に会ったわよ。中々強かそうじゃない」
「あ、ベルンお兄様に会ったんだにゃ。優しいお兄様だにゃー……」
心から安堵しているような表情をしているところを見ると、リュネーもベルンの事を慕ってるみたいだ。そこからも兄妹仲が良好な事が伝わってくるくらい。
「まさかドラグニカに行ってるなんて思ってもみなかったけどね」
「にゃはは……お兄様は優秀だからにゃ。黒竜人族の友達もいるそうだにゃ」
リュネーの言葉に、私はそうだろうなと心の中で思った。
あれだけ色々と黒竜人族の事を言ってたんだし、ドラグニカは竜人族の国だ。十分考えられることだろう。
「そういえば……もう一人、妹がいたのよね。その子は?」
「えっと、ニンシャの事だにゃ。あの子はまだ学園に行ける歳じゃないから、館の中でお勉強中にゃ」
「ああ、そういう事ね」
貴族のように位の高い者達は、家庭教師を雇って自宅で勉強するのが常だ。平民に分類される子達は、学園に入る前に学校と呼ばれる施設に入る。そこである程度勉強してから学園に入学するという訳だ。
リュネーの妹のニンシャは、彼女達が本来住んでる館の方で勉強中なのだろう。あまり外に出る事が出来ないのだから、当然ここにはいないって訳だ。家庭教師には夏休みなんて一切関係ないからね。
「でも明日は家庭教師がお休みの日だから、ここに来るって言ってたにゃ」
「そうなの? ちょっと楽しみね」
リュネーの妹が一体どんな子なのか、ちょっと想像するだけでも結構楽しい。リュネーとベルンを足して割った感じ? それとも二人とは全く違う? とかね。
「その時ね。ちょっと一緒に外に出ていかないかにゃ。私、ティアちゃんにこの町を案内したいにゃ」
すっかり猫人語が板についたリュネーの提案は、結構嬉しいものだった。昨日今日と館にいる事になっているし、せっかく他国に来たんだから、そこにしかない空気とか、場所とか……自分の国では触れられないものを体験したい。
「それじゃ、その時はお願いするわね。出来ればシルケットの美味しい料理が知りたいわね」
「う……結構ハードルあげてきたにゃ。私が知る限りで良かったら……案内するのにゃ」
結構真顔で呟いたリュネーだけど、出来るだけ気軽に案内してくれた方が私としては楽でいいんだけど……。
「妹も一緒に行くんだから、あまり固くならないようにしてね?」
「任せてにゃ!」
笑顔を浮かべるリュネーを見ても、少し不安が残るのは、さっきの真顔が脳裏によぎったからかもしれない。
――
朝はベルンと話して、昼はリュネーと一緒にお茶会したり、明日の予定を話し合ったり…….。
流石に夜にまたシャケル王と一緒に食事はしなかった。そう何度もあんな高い地位の人とご飯を食べる気は起きなかったし、少し安心していた。
気を遣うし、自分が場違いなところにいるんじゃないかと錯覚してしまいそうな程だったからね。
リュネーと一緒の食事を終えた私は、自分に割り振られている部屋の方に戻った。
部屋の灯りをつけて、窓から夜の月を眺めると……突然、ノックの音が聞こえてきた。まるで私が部屋に戻るのを見計らっていたかのような早さに驚く。
「……どうぞ」
「失礼します」
とりあえず、入っていい事だけ伝えると、静かに一言だけ喋ってジュールが入ってきた。
一瞬何か用があるのかな? と思ったけれど……そういえばジュールが昨日の夜に今日の夜、話に来る事を言ってたっけ。
「ジュール。今日はあまり見かけなかったけれど、どうしたの?」
素直な疑問を言葉にする。いつもなら私の傍にいる事も多かったのに、今日はほとんど彼女と会う事はなかった。それが妙に気になったのだけれど、ジュールはまるで話を聞いてないような感じがした。
多分頭の中が何かでいっぱいなんだろう。本当はあまりよくないんだろうけど、今はそれを咎めるつもりはなかった。
「あの、エールティア様」
ジュールは随分悩んでいる様子だったけど、意を決したかのような顔をしていた。
それほど覚悟が必要な事を言おうとしているのだろう。何も覚えのない私は、ジュールが一体何を言葉にしようとしているのか見当もつかず――
「先日は……本当に申し訳ありませんでした!」
深々と頭を下げて謝ってくるジュールに対して理解が追い付いていなかった。
一体何に対して謝ってるんだろう? 自分の記憶を改めて確認して……それが雪雨と揉めた時の事についてだと気付いたのは、ジュールが不安そうに上目遣いで私の様子を見ている時だった。
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