94・シルケットのお兄さん
シャケル王との会食が終わった次の日。私は一人で書斎にやってきていた。
ジュールは厨房でミルクシチューの作り方を見学していたし、リュネーは朝は杖術の稽古があるとかで中庭で訓練してる。
私も参加しても良かったんだけど……見られると恥ずかしいという事で、書斎で時間を潰すことにしたのだ。
数人が読み書き出来る程の大きな部屋で、小さな図書館と呼んでも良さそうなそこは、本もぎっしりと詰め込まれていた。
家庭教師に教えてもらう以外だと、あまり読むことのない私からすると、どれくらいの歳月を掛けたら読み切れるだろうか……と思ってしまう程だった。
さて、とりあえず適当に何か読もうと思って本棚を眺めていると、後ろの扉が開く音がした。
「あれ、先客がいるにゃー」
振り向くと、そこにいたのは黒に近い灰色に、メッシュが掛かったような普通ぐらいの灰色の髪をしてる猫人族の男の子だった。
青い目がとても綺麗で印象的で、柔らかい眼差しが好青年な印象を抱かせてくれる。
「貴方は……?」
全く会ったことのないその人に、思わず不思議そうに聞いてしまった。服装が使用人のそれとは違うし、なにより顔がリュネーに似ている事に、改めて顔を確認するまで気付かなかったのだ。
「初めましてだにゃー。ボクはベルン・シルケットだにゃー」
「……リュネーのお兄様、ですね」
「あれ? なんで……あ、いや」
なんで自分の名前を知ってるのか? って聞こうと首を傾げていたけれど、それより先に答えに辿り着いたみたいだ。
「お初にお目に掛かります。私はエールティア・リシュファス。リュネーとはお友達としてお付き合いさせて頂いております」
「やっぱりにゃー。聞いた事があると思ったのにゃー」
うんうん頷くその姿は、柔和な感じに見える。リュネーとかだったら可愛らしいのだけれど……流石にこの人に向ける感情じゃない。
「いつもリュネーと一緒に遊んでくれて、ありがとうにゃー。あの子も、昔よりずっと笑うようになったにゃー」
「あの子は私の大切な友達ですから」
「うん、そう言ってくれる子がいると、ボクも安心して学園に通えるにゃー」
学園と言われて、思わず首を傾げる。シルケットの王族が通う学園と言えば、ティリアースにあるリシュティア学園のはずだ。だけど、私はベルンを見たことがない。上級生なのかもしれないけれど……話題にすら上らないのはちょっとおかしいはずだ。
「ボクはドラグニカのエンドラル学園に留学してるから、エールティア姫が会ったことのないのは仕方ないにゃー」
「ドラグニカ……セントラルにあるって聞くあの?」
「そうにゃー。『魔王祭』では常に上位。単純な戦闘能力も、魔導の知識も深いと言われている学園にゃー」
素直に驚いた。留学生としてドラグニカに行ってるのもそうだけど、エンドラル学園はリシュティア学園の次に作られた学園で、創始者は竜人族で最強と謳われたレイクラド王だ。
……落ち目になりつつある私達の学園とは違って、という言葉が付くけどね。
「にゃふふ、エールティア姫がボクと戦うのは来年になるだろうけど、その時を楽しみにしておくにゃー」
「随分自信があるのですね。今年の魔王祭は、勉強させていただきますね」
「にゃは、謙遜しなくていいにゃー。あ、でも一つだけ言わせて欲しいにゃー」
「……なんでしょう?」
唐突にその優し気な視線に真剣味が帯びて、思わず警戒すると……すぐにそれは崩れて、さっきと同じゆったりとした雰囲気に戻った。
「にゃは、そう身構えなくていいにゃー。ちょっとお礼も兼ねて忠告したかったのにゃー」
「お礼?」
「姫はクリムって黒竜人族、覚えてるにゃ?」
「……誰それ」
記憶の中を探ってみるけど、そんな名前の黒竜人族なんて覚えがない。
「君と二番目に決闘した男の子だにゃー。本当に覚えて無いにゃー?」
「……そういえばそんなのもいたわね」
ようやく思い出した。そういえばそんなおバカもいた。記憶に留めておくのも無駄だから、今の今まで完全に忘れていた。
「……まあ、仕方ないにゃー。彼はサウエス地方ではかなりの力を持つ黒竜人族だったにゃー。まあ、その分、粗暴で野蛮だったけどにゃー」
「……そうね。思い出しただけでもむかむかしてきた」
レイアを散々痛めつけたバカな男。思い出したらまた殴りたくなってきた。今は何をしてるのかは全く知らないけど。
「どうせセントラルの黒竜人族には敵わないのににゃー。その上、黒竜人族の社会的地位を貶める事だけは一級品。遠くの学園にいるボク達も手を焼いていたにゃー。そこに――」
「私が現れた……って事?」
「その通りだにゃー。本当に助かったにゃー。ボク達が動いたら……もっと大事になってたからにゃー」
にゃふふ、とか笑ってるけれど、目がかなり本気だった。遠くの学園から何か仕掛けてくるなら、魔王祭での決闘になるだろうから……下手したらリシュファス学園が更に貶められる結果になっていたかも知れない。
私があの男を成敗したおかげで、案外色々なものが救えたのかもしれない。
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