92・国王陛下と出会う
フェッツに館の案内や、リュネーと一緒にお茶をしてたら、いつの間にか時間が過ぎて……時刻は既に夕方を過ぎた辺り。そろそろ夜も深まる頃合いだ。
部屋の方に戻る前に、リュネーが言った言葉を思い出していた。
「ティアちゃん。夜にはお父様もこちらの方にいらっしゃられるから、準備はしておいて欲しいにゃ」
そんな風に言われると、少し緊張してしまう。なんだかんだ言って、国王に会うなんてなかった経験だしね。
最初はそんなに気軽に会って大丈夫なのかとも思ったけれど、国務を行っていない間に会う分には構わないとわざわざシルケット王の方から言ってくれたそうだ。
このシルケットの王都であるケトフェシルで初めて王という位の方と会うという訳だ。
そして私は今、ジュールと一緒に持ってきた鞄の中からいくつかのドレスを取り出していた。
「エールティア様。似合っておりますよ」
「そう? ありがとう」
一人で色々と見て周り、多少気が紛れたのか……ジュール少し機嫌の良さそうな感じがした。そんな彼女と二人でシルケット王に会うための服装を選んでいると……ノックの音が聞こえてきた。
「エールティア殿下。国王陛下がいらっしゃいましたみゃ。こちらの方へどうぞですみゃ」
メイドの服を着た猫人族の女性が、私達を呼んできた。向こうの準備も整ったらしいし、私の方も今回は薄い紫色のドレスにする事にした。昔ながらのやつじゃなくて、今風の身体に沿ったものだ。
「それじゃ、行きましょうか。ジュール、準備はいい?」
「はい! いつでもいけます!」
私の言葉に意気揚々と返事をしてくれたジュールを引き連れ、シルケット王がいる食堂へと向かうことにした。
――
この館の食堂は、広くて大きなテーブルという如何にも貴族が食事を採っている場所といった感じだ。
一番奥にはシルケット王。そこから近い席にリュネーが座っていた。彼女の兄と妹は、後日また会う予定になっていて、とりあえず今日は父親であるシルケット王だけが先に会いに来てくれたらしい。
私がシルケット王が座っている席まで近づくと、その灰色の毛並みが特に美しく見えた。王冠を被った猫。そういう表現が似合いそうなシルケット王に向かって、私は丁寧に頭を下げた。
「初めましてシルケット国王陛下。私はエールティア・リシュファスと申します。こちらは従者のジュールです」
「噂はかねがね聞いているにゃ。知ってはいるだろうけど、ボクこそこのシルケットを統べる国王。シャケル・シルケットだにゃ」
決して威張り過ぎないけれど、威厳のある声を出していたシャケル王の言葉に少し疑問を感じた。
「どうしたのかにゃ? ボクの顔に何かついてるのかにゃ?」
「い、いえ、何でもありません」
顔に出てたのか、にやっと笑って私の事を見てきた。まるで私の疑問が分かっているかのようだ。
「にゃは、この国の賢王って呼ばれてる存在は知ってるかにゃ?」
「はい。猫人族の中でも最も強い魔力を持ち、知性ある政治で国を治めたと言われているフェーシャ王……ですね」
「その通りだにゃ。他国の姫君なのに、よく勉強してるにゃ」
シャケル王は嬉しそうに、両手を軽く叩いて拍手をしていた。
「遥か昔に存在した賢王フェーシャ。彼はどんな時でも『ボク』口調で話してたって聞いたにゃ。まあだから……フェーシャ王に憧れたからだにゃ」
にゃはは、と笑ってくれたシャケル王は、なんというか……気さくな方だった。
「娘と――リュネーといつも仲良くしてくれてありがとうにゃ。おかげでこの子も随分と笑うようになったにゃ」
ちらっとシャケル王がリュネーに視線を向けると、彼女は恥ずかしそうにもじもじしていた。その姿をシャケル王は慈しむような目で見つめ……私に向き直って頭を下げてきたのには、かなり驚いた。
「陛下。この国の父とも言える御方が、そのように気軽に頭を下げては――」
「にゃは、今のボクはこの国の王様じゃなくて、一人の父親としてここにいるにゃ。だから、これくらいはさせて欲しいのにゃ」
顔を上げたシャケル王には、全く裏表を感じさせない。それが更に好印象を私に与えた。
だってそれは……本当に娘を大切にしてる父のそれだったのだから。
そんな感情を向けられて、悪い気分になる訳がない。
「だから、これからもリュネーをよろしく頼むにゃ」
「はい。もちろんです。彼女は私の大切な友人ですから」
私の返事を聞いて、シャケル王は本当に安心したような表情を浮かべていた。
「お、お父様! そろそろ食事なしませんかにゃ? ティアちゃんもお腹減ってると思うにゃ…….」
私達の会話に恥ずかしさを感じたのか、この流れを断ち切るようにリュネーは話題を変えた。それがなんだか可笑しくて、シャケル王と二人で笑ってしまう。
「にゃははは、そうだにゃ。あまり待たせすぎるのも悪いにゃ」
シャケル王が手に取ったベルを鳴らすと、入り口の方から料理が運ばれてきた。
シルケット特有のミルク料理はとても美味しそうで……ジュールの視線を気にしながら、食事を始めることになった。
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