90・隠れ話

 調理場、書斎、私がしばらく滞在する事になるであろう部屋……様々な場所をフェッツは案内してくれた。

 その間、彼はリュネーがいた時のように話しかけてくる事はなくて、淡々と教えてくれる。まるで、他の用事があるような速さだ。


「もう少しゆっくり案内してくれる? これじゃあ全部覚え切れないじゃない」

「……申し訳ないですにゃ。私とした事が」


 私が指摘してようやく今の自分が落ち着いていない事に気付いたのか、フェッツは止まって私の方に振り返った。

 表情や姿勢には現れていないけれど、落ち込んでるような……そんな気がした。


「エールティア殿下。少し、よろしいですかにゃ?」

「……ええ」


 何を言いたいのかわからないけれど、フェッツの真剣な表情を見て、思わず頷いてしまった。少なくとも、私に全く関係のない事ではないはずだ。


「ここではなく、お部屋に向かいますにゃ。あまり誰かに聞かれたくありませんですにゃ」


 猫人族の言い回しって、どこか妙に感じる。無理して敬語使ってるように聞こえるんだけど、本人達はそれが普通だからなのかもしれない。


 頷いた私は、フェッツに案内されるまま、もう一度私が滞在する予定の部屋に向かった。


 ――


 部屋の中は白くて綺麗な壁にベッド。カーテンは淡い緑で、全体的に調和が取れていた。ただ、陽の光が差し込んだら結構眩しそうだ。


「それで、話ってなに?」


 メイド猫が持ってきた深紅茶を軽く口に含みながら、フェッツに話を促した。

 ティリアースで作られている茶葉よりも少し渋みが強くて、その分香りが高い。同じ品種の物でもこうも違いが出るなんて思わなかった。


「……リーティファ学園にリュネー殿下が入学なされてから初めての夏休み。ここに戻られたあの方は明るくなっておりましたにゃ」


 フェッツは、昔のリュネーを思い出すように今の彼女の変わり方を喜んでいた。でも、確かにそれは私も気にしていた。

 最初の頃のリュネーはどこかおどおどしていて、あまり自分に自信が無さそうだった。

 レイアと仲良くなって、決闘を見て……それでリュネーも明るくなった。それは私もしっかり感じてる。


「ですが……それを良しとしない方々もいますにゃ。わかりますかにゃ?」

「それは、色々な思想を持ってる人がいるものね。でも、彼女は……リュネーはこの国の第一王女なのでしょう? 私達と違って女王制じゃないから王座に就く事はないだろうけど……大事にされてるのが普通じゃない?」


 シルケットは猫人族の賢王フェーシャが守ったケルトシルが名前を変えた国で、代々一番魔力の高い男の猫人族が継ぐ事になっている。

 それを考えても、リュネーがあんな風に育つなんて思えない。


「普通は、ですにゃ。ですが、国王陛下の子供は……」


 フェッツが口籠った時点で大体察しがついた。そういえば、リュネー以外の家族――父親以外は、全員魔人族の血が混じってる。

 そしてその姿は……まるで獣人族みたいだった。


「この国も一枚岩ではありませんにゃ。むしろ、猫人族以外の血を引くシルケット王家に反発する貴族が少しずつ増えている程ですにゃ。あまり言いたくありませんが……エールティア殿下は悪い噂が目立っておりますにゃ。トラブルメイカーだと」

「別に好きで揉め事に巻き込まれてる訳じゃないんだけどねぇ……」


 それに、大概は向こうから吹っかけてきたものだし、正論に暴力で返すような真似はしてない……はず。


「周りの者から見たら、どっちが真実でも関係ありませんにゃ。そういう噂があって……シルケットでも騒動の原因になる。それがどんな意味を持つか、殿下程聡明な方でしたら理解出来るはずですにゃ」

「大人しくしていろ……そう言いたいわけね」


 こっくりと頷くフェッツがどこまで真剣に言ってるか伝わってきた。

 ……とは言っても、別に私が揉め事を起こしたくて起こした訳じゃないのだから、それを言われても……って感じだけどね。


「あまり内情を語るわけにはいきませんにゃ。ですが、シルケット王家はエールティア殿下を決して疎んではおりませんにゃ。ただ、時期が悪かった……それだけですにゃ」

「それで納得しろって言われるのは不快だけれど……まあいいわ。私だってリュネーの立場を悪化させる事なんてしたくないもの」

「それを聞いて安心しましたにゃ。私――ジルガ家もシルケット王家に長年尽くしてきましたにゃ。そしてそれはずっと変わりませんにゃ。例え内乱が起きたとしても……誠心誠意お仕えするのみですにゃ」


 フェッツはどこか遠くの未来を見据えてるような口調で話していた。

 なんだかんだ言いつつも、この猫人族の彼なら、最後まで支えてくれるだろう。


「苦労人みたいな顔、してるわよ」

「私が苦労する事によって、この国が救われるのであれば……喜んでこの身を捧げますにゃ。それだけ、シルケットが好きだという事ですにゃ」

「……そう、なら良いわ。羨ましい限りね。貴方みたいな忠臣がいる国なんて」

「ありがたく頂戴いたしますにゃ」


 フェッツは満更でもない様子だけど、お世辞だと思ってるみたいだ。一応、私の本心なんだけど……まあいいか。


 とりあえず、フェッツの言う通り……出来る限り揉め事に関わらないように努めておきますか。

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