88・シルケット流
ペストラの18の日。リュクレイン一家に別れを告げた私は、ワイバーンを使ってシルケットまで向かった。
正直、かなり強引に行ったとは思うけれど、これ以上リュネーを待たせる訳にはいかない。だから、半ば強行軍で先に進む事にしたというわけだ。
「エールティア様。やっと……着きましたね。本当によろしかったのですか?」
少しは疲れた様子でワイバーンを降りたジュールは、まだあの中央都市に心を残してるみたいだった。
「仕方ないでしょう。これ以上約束に遅れるのは嫌だったんですもの。世の中にはね、一回遅れたら何回遅れても同じ……そういう考え方をする人もいるけれど、それは違うの。一度遅れたからこそ、二度目はないようにしないといけないの」
「な、なるほど……!」
力説する私に感動したジュールが拍手しているところに、丸くてふわふわした物体が現れた。
後ろには同じくらいの大きさの猫人族が大勢従っていて、まるで道でも作るように左右に分かれた。
「シルケットにようこそですにゃ。エールティア殿下」
ぺこりと頭を下げたそれは、白色の毛をした真っ赤な目の猫。器用に二本足で立ってて、赤いローブを羽織ってる。シルケット王家の紋章が金の刺繍でローブの胸元に刻まれてる。多分、背中も同じなんだろう。
猫の肉球と、その真下に杖と雷が描かれてる特徴的な紋章だ。確か、この服装は猫人族の外交官の証だっけ。
しかも王家の紋章を入れてるって事は、位の高い人物? 猫物? どっちなんだろう……。
「ありがとうございます。貴方は?」
「私はフェッツ・ジルガと申しますにゃ。シルケットの外交及び内政に携わっておりますにゃ」
ジルガ家は現王家であるシルケット家に代々使えてる一族だっけ。初代当主は……確かケットシーだったはず。
「わざわざ貴方ほどの人材を寄越してくれるなんて、シルケットは随分と張り切ってるのね」
「当然ですにゃ。友好国であるティリアース王家の方。それも直系に返り咲く可能性のある方なら尚更ですにゃ」
……この猫。どこまで知ってるんだろう? 今の言葉で動揺した私は、上手く取り繕うことが出来なかった。
「それ、私以外には――」
「もちろん、承知しておりますにゃ。こちらとしても、不要な揉め事をするつもりはございませんにゃ」
――どうだか。
思わず口に出かかったのをなんとか飲み込んだ。
にゃーにゃー言ってるけど、思った以上に強かな猫だ。一応私を盛大にもてなしておけば、恩を売れるとでも考えてるんだろう。
とりあえずティリアースの王族には色目を使っておけば、誰が次代の王になっても問題ない。有力そうなのには後から別枠で支援すれば良いわけだしね。
「それでは、こちらの方にどうぞですにゃ。リュネー殿下もお待ちしておりますにゃ」
「ええ。……行くわよ、ジュール」
「はい」
フェッツの案内を受けながら、私達は猫人族の道を歩いた。
ワイバーン発着場を出ると、そこには綺麗なラントルオの鳥車があった。
その鳥車の前には綺麗なドレスに身を包んだリュネーがいた。爽やかな淡いグリーンが目に鮮やかで、煌びやかさと清楚さが合わさってとても美しい。
丁寧にカーテシー――お辞儀をしたリュネーは、学園でどこか弱気だったり、私にくっついてきた彼女とはどこか違って見える。
「エールティア殿下。ようこそおいでくださいましたにゃ! ……あ、ました」
語尾に『にゃ!』とつけた後、恥ずかしがって言い直さなければ完璧だったと思う。
「リュネー王女殿下。無理に言い直さなくてもいいですにゃ。ここは他国じゃないですにゃ。シルケットにいる時はいつも通りに振る舞ってくださいにゃ」
フェッツの言葉に少しは自分を取り戻したのか、表情が明るくなってきた。
「それでは、こちらの鳥車にお乗り下さいですにゃ。しばらく滞在していただく館に案内させていただきますにゃ」
器用に鳥車の扉を開けて、乗るように催促された私達は、リュネーも含めて全員で乗り込む。不備がないか確認していたフェッツは、満足そうに頷いて、ゆっくりと鳥車を出発させた。
緩やかに流れていく景色を見ながら、この沈黙をどうやって解消しようか悩む。
「え、えっと……おかしいかにゃ? ……おかしいかな?」
なんとか沈黙を打破しようとしたリュネーは、一人になった事で恥ずかしさを思い出したのか、若干顔を赤くしていた。
「おかしくはないけど……急にどうしたの?」
「猫人族はいつもこういう風に話してるにゃ。ティアちゃんも知ってるかにゃ?」
「……そうね。語尾に何か付けるのは知ってるけど……」
「にゃは、私ね、他の国に行くって聞いたから、ずっと我慢してたのにゃ。向こうじゃ私みたいな姿をしてる人は、語尾に『にゃ』とか『みゃ』とかつけないって聞いてにゃ」
もじもじしてるその姿は、どこかあざとく感じる部分もあるけど……確かに、シルケットで育ったんだから本来ならそういう喋り方になるんだろう。
猫が猫被りしてたという訳だけど、彼女の本当の姿を垣間見た気がして、少しだけ嬉しかった。
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