69・屋敷への訪問

 勝敗を決した瞬間。私は『アクアキュア』で雪雨の身体を癒してあげた。戦いが終われば、私達は友好国の貴族同士だからね。流石にぼろぼろのままにするのは気が引けた。


 その日はそれ以上何も喋ることはなくて、健闘を称える歓声や、喜ぶ様々な声に包まれて闘技場を後にする。屋敷に戻って、そのまま泥のように眠った次の日。ペストラの12の日の事。私は雪雨の……出雲様のいるお屋敷の方に行く事になった。


 ――


「これは……大きいわね」


 昨日、眠る前に出雲様の屋敷に来るよう使いの者が場所を教えてくれたけど……まさかここに来るとは思いもしなかった。

 雪雨とあれだけ激しく戦いあったのだから、しばらくは会わない方が良いかも……なんて思ってたのが遠い過去のよう。昨日の事だけど。


 一応見舞いの品は必要ないと言われているから手ぶらで来たんだけれど……本当に良かったのかな? まあ、向こうも無理に決闘を挑んで来た訳だし、あまり気にする必要はないか。


 そのまま屋敷の門に近づくと、番をしていた若い男の鬼人族が声を掛けてきた。


「ここは出雲大将軍様のお屋敷ですよ。何か御用ですか?」

「ここに来るように言われたエールティア・リシュファスです。入れていただけませんか?」


 少しの間様子を伺うような視線を向けた彼は訝しむような表情を浮かべていた。


「失礼ですが、貴女様お一人ですか? 高貴な御方が護衛も付けずに一人というのは……」

「『おかしい』ですか。確かに、普通であれば他国である雪桜花で護衛もいないのはあまり良くない事でしょうけど……それだけこの国の治安を信じている。それではダメでしょうか?」


 普段なら契約スライムを護衛に回すのが普通なんだけど……ジュールは昨日から相当落ち込んでいたからね……。

 今朝、話しかけても暗くて淀んだ返事があるばかりで、その落ち込みようと言ったら……。

 あれは多分……立ち直るには結構時間がかかるんじゃないかと思う。私が何を言ってもほとんど効果なかったし、重症だろうね。


 そんな理由で、ジュールは使えないんだけど……私達は最低限の人材しか連れてきてない。彼女以外の使える人となるとエンデになるんだけど……彼はお父様の執事としてよく働いてくれている。流石に私の方にまで関わらせて負担を強いるのは出来なかった。


 結局私は一人で行くしかなかったという訳だ。


「い、いえ……ですが、こちらから使いの者を送ったと聞いておりましたので」

「あ。あー……会わなかった、わね」

「……そうですか。わかりました。他に問題はないようですので、どうぞお通り下さい」


 その言葉を聞いて、私は思わずきょとんとしてしまった。かなり疑い深い視線を向けてきていたから、てっきり入れないんじゃないかと思ってしまったからだ。

 しばらく目をぱちぱちさせていたら、番兵の男の人は、ふふっと笑い声を上げていた。


「申し訳ありません。私は昨日の決闘を観戦しておりました。目に焼き付いて離れない程の活躍をされたエールティア様の事は間違いようがありません。ですから、なんの問題もありませんよ」

「……そう? なら良いんだけど」


 そりゃここに来て偽物なんてあり得ないだろうけどね。エールティアに変装するような身の程知らずはいなかったというわけだ。それでも絶対って訳じゃないんだけど、拗れるのも嫌だからそこに関しては突っ込まないんだけどね。


 それしにても……まさか昨日の戦いを見ていた人だとは思いもしなかった。あれだけ雪雨をずたぼろにされても尚、尊敬の念を向けてくるのは鬼人族の特徴なのかも知れない。怖がられたり、恨まれたりするよりはよっぽど心地良いから構わない――というか、むしろありがたかったりもする。


「昨日の戦いは本当にお見事でした。あれほど興奮したのは滅多にありません。久しぶりにはしゃいでしまって、疲れたくらいですよ」

「……てっきり恨み言とか、怒りとかが飛んでくるのかと思ったのだけれど」

「私達鬼人族は戦いの結果を重んじます。過程はどうあれ、貴女様は私達が納得できる強さを見せてくれました。それだけで十分です」


 そういう風に言ってくれるのは嬉しかった。改めて鬼人族というのがどんな種族かわかった気分だ。


「さあ、どうぞお通り下さい。出雲様や雪雨様が中でお待ちになっております」

「……ええ。そうさせてもらうわ」


 本当はあの二人が私に思う所がないのか知りたかったけれど、ここで彼に聞いたところであまり意味もないだろう。


 番兵に会釈してから中に入ると、左側には砂で作られた川のような光景が飛び込んで来た。岩や木を散りばめたそこは、不思議な雰囲気を醸し出していた。


「……すごいわね。これが庭?」


 思わずそんな呟きが漏れてしまった。全く水がないのに、そこにあるかのような気さえする。


「エールティア様ですね。お待ちしておりました」


 庭に目を奪われている間に、私の来訪が伝わったのか、鬼人族の女の人が頭を下げて歓迎してくれた。


「こちらの方へどうぞ。出雲様と雪雨様がお待ちしております」


 女の人の案内を受けて、私は言われるままに屋敷の中に入る。私達が寝泊まりしている場所よりずっと立派な出雲屋敷と呼ばれている場所に。

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