38・覚醒

 鏡の私が繰り出した『アイシクルレイン』で降り注いだ氷の雨を、ハクロ先輩は『インパクトボム』っていう周囲に衝撃を拡散させる炎の魔導で相殺してた。我ながら、上手く作れたと思う。彼の実力を測るにはうってつけなくらい拮抗したり、圧し負けつつあるし、数々の魔導の打ち合いで大体の実力はわかってきた。


『これはすごい! 両者一歩も譲らない魔導の嵐だぁぁぁぁぁっっ! 流石特待生のハクロ! 少しずつ圧してきているぞ!』

『実に見応えある戦いだにゃ。エールティアっていったかにゃ? 特待生の二年相手によく戦ってるにゃ。でも……このままじゃ負けちゃうかもにゃ』


 司会の二人は結構好き放題言ってるけど、今の戦況から考えたら別に的外れじゃない。ただ、私の『ミラーアバター』を見抜いていない事が条件だけどね。それは向こう――ハクロ先輩も同じことが言える。

 少しずつ圧倒しはじめてるからか、余裕を取り戻し始めてるのがその証拠だろう。なら……私のやることは一つ。


「『ミラーアバター』」


 私は再び同じ魔導を発動させる。とは言っても、鏡の私は一人しか生み出すことが出来ない。だけど、もう一度同じ魔導を使う事によって、鏡の私に流し込んだ魔力を調整することが出来る。鏡の私が現界している限りだけど、強くするも弱くするも思いのままって訳だ。


「『ライジングアース』!」


 私の力の調整を受けた鏡の私は、身体中の魔力を漲らせて魔導を発動させる。地走りが起こって、ハクロ先輩の足元から地面がせり上がっていく。


「この程度で……!」


 ハクロ先輩はそれをぎりぎり避けて、そのまま更に炎弾を周囲に散らばらせてきた。そこからの戦いは少しずつ鏡の私がハクロ先輩を圧し始めてきた。単純な話、彼よりも少し上回るように調整した結果なんだけどね。


 だけど向こうはそれに気付いてる訳なくて……突然強くなった鏡の私に戸惑っているようだった。


「ちっ……力を隠していたとでも言うのか……!」


 ハクロ先輩は苛立つように舌打ちをしたけれど、尚更目の奥に宿る戦いの炎を燃え上がらせてきた。影の中でそれを眺めていた私は、少し彼の事を見直していた。

 それは絶対に諦めないという強固な意志。怒りや憎しみに隠れて見えなかったけれど、ハクロ先輩はどこまでも自分の事を信じてる。

 必ず勝つって信念が伝わってくる。それに応えるように鏡の私は更なる攻勢を仕掛けていた。


「『フレアミスト』!」


 炎を纏った霧が周囲に広がる。ハクロ先輩はそれを風の魔導で吹き飛ばしていたけど……鏡の私がその行動を読んでいない訳がない。魔導によって生み出された風の槍がハクロ先輩が炎霧を吹き飛ばしたと同時に襲い掛かり……彼の身体に深々と突き刺さった。


「がぁっ……!」


 肺に溜まってた空気を吐き出すような声を上げて、ハクロ先輩はよろけて、何かが割れるような澄んだ音が聞こえてきた。


『おおっと! 今、ハクロ選手の結界具は一つ壊れたぞ! これでエールティア選手と差がついてしまった! これは……この学園の特待生が下級生に敗北するのかぁ!?』

『今の、少し前の二人の再現だったにゃ。真逆になるとこうなるのにゃ』


 しみじみと呟いたシニアン決闘官の声を聞きながら、ハクロ先輩の方に視線を向ける。


「僕が……この僕が……ま、負ける……だと……?」


 結界具のお守りは全部で二つ。その一つが砕けた、という事は、ハクロ先輩はあと一回攻撃を受けたら、その時点で負けるって事だ。それを信じられないといった様子で呆然と私の事を見ていた。


「ハクロ先輩」

「ふっ……ふふふ、ははは……ははははははは!!」


 いきなり顔を伏せて大声で笑い始めたのを見て、壊れたのかな? って思ったけど……上がった顔からは『負けない』という気持ちが強く伝わってくるようだった。


「僕は……僕は、こんなところで負けない。エールティア……君を倒して! 僕は更に上へ行く!!」


 ――瞬間。ハクロ先輩から白く眩い光が放たれる。いきなりの出来事に攻撃かと思ったけど、その割には敵意は全く感じない。『アクアカーテン』を発動させても、特に効果があるわけじゃなかった。


『こ、これはどうした事でしょう? ハクロ選手から――ってシニアン決闘官、どうしました?』

『あ、あれは……【覚醒】の光かも知れないにゃ』

『な、なんですか? それ?』

『太古の昔……初代魔王様が生きておられた時代の話にゃ。才能のある王族が突如として眩い光に包まれ、絶大な力を手に入れるってにゃ』

『で、ですがハクロ選手は平民ですよ? 何世代も前にそうだったという記述も有りませんし……』

『どれくらい昔の話だと思ってるのにゃ? 今ではほとんどの種族にその血は行き渡っているはずにゃ。昔ならいざ知らず、今平民の彼が覚醒する事になんらおかしい事はないのにゃ』


 力説するシニアン決闘官は、興奮してるみたいだ。

 それにしても【覚醒】……ね。私も知ってるけれど、こうやって目の前で見る事が出来るなんて思わなかった。

 少しずつ収まっていく光に、思わずごくりと喉が鳴る。そして――そこから姿を現したのは、なんとも綺麗な白銀の男の子だった。

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