26・仲直りの友達

 訓練場の決闘は私以外には予想を裏切る結果に終わったからか、観客だった生徒の人達は、まだ興奮冷めやらぬといった様子だった。私に話しかけてきたり、握手を求められたり、少なくとも今までよりもずっと好意的に接してくれてる人が増えた……んだけど、それに対応するかのように嫉妬や不満といった批判的な視線も増えた。


 嫉妬と羨望は目立った者の宿命みたいなものだけれど、後者は私には関係なかったから結構新鮮に感じる。


「ティアちゃんがあんな魔導使うなんてねー」


 まだ興奮してるリュネーはきゃあきゃあ騒いでるけど、レイアはどこか嬉しいような悲しいような複雑な表情を浮かべてる。


「どうしたの? 暗い顔して」

「……私、ここにいてもいいのかなって」

「なんだ……そんな事ね」


 あまりにも可笑しな事を聞いてくるものだから、思わず笑ってしまった。戸惑うような表情を浮かべてる彼女は、私がなんで笑ってるのか理解してないみたいだった。


「ごめんなさい。でも、私達は友達でしょう? なら、いてもいいじゃない」

「でも……私……」

「あの時のままだったら、今でも許せなかったでしょうけど……クリム先輩に一矢報いたんでしょう? 私に麻痺毒の小袋を渡してくれたし、今回は許してあげる。その代わり、次はないからね?」


 ちょっとおどけたように言ってあげると、レイアはうるうると目が潤んできて、それが決壊するみたいに溢れてきた。


「ちょ、ちょっと、どうしたのよ?」

「だ、だって……だってぇ……」

「レイアちゃん……」


 リュネーは私がクリム先輩と戦ってる間に、レイアから事の顛末を聞いたのか、二人でしんみりとした雰囲気を作り出していた。

 ……正直なところ、私に思うところがないと言えば嘘になる。だけど、ここはあの世界じゃない。石を投げてきたり、私の事を化け物扱いしてきて……殺し屋勇者を差し向けてくるような、そんな地獄のような場所じゃない。


 ここはもっと温かくて……優しい世界で……今までの生き方をして、全部台無しにするには、惜しい気がしたから。

 せっかく新しい人生を手に入れたんだもの。目立たないって目標は――もう完全に諦めたけど、昔とは違う生き方がしたい。……それも難しいのはわかってるけどね。


「ほら、もう泣き止んで。そうだ。せっかくだからあの日いけなかったお菓子屋さんに行きましょう?」

「……賛成!」


 レイアの涙が伝染しかかってたリュネーが出来る限り元気の良い返事をしてくれた。そのおかげか、レイアの方も半分泣きながら、うんうん頷いてくれた。


「わ、私……ティアさんが許してくれて……良かったぁぁ……」

「ほら、そんなに泣かないで。それと……別に『さん』付けしなくていいからね?」

「うん。ティアちゃん……」


 いや、だからといって『ちゃん』付けは恥ずかしいんだけど……そういったら次はなんて呼ばれるかわからなかったし、堂々巡りになるくらいならもうそのままでいいや。リュネーが余計な事を言い出さないように、ね。


 ――


 決闘が終わってから数日。私は勝者として得られた権利を行使することにかなり悩んでいたけれど……ルドゥリア先輩には、私が見ているところで一年生に戦闘の手ほどきをさせた。ちょっとでも批判的な事を口にしようものなら、頭を木の棒で小突いてあげるおまけつきだ。

 彼は相当不満だったようだけれど『一日は私の好きなように出来る権利』を行使している以上、私の命令に逆らえる訳もない。そんな事したら、決闘委員会から罰則が飛んでくる上、自ら課した約束事すら守れない貴族の恥晒しの烙印を押される事間違いなしだからだ。


 次にクリム先輩には、『私と友達に敵対行動を一切取らないこと』『必要以上にレイアに関わらないこと』の二つを命じる事にしたんだけど……クリム先輩には正気を疑うような目で見られてしまった。


「……もっと別の事も出来たんだぞ? それこそこの学園から追い出すことだって……」


 わざわざ誰もいなくなった放課後に呼び出したクリム先輩は、呆れた顔でそんな事を言ってきたけど、私は嫌そうに首を振った。


「私達に変な真似をしなかったらそれでいいって言ってるでしょ? それに、国に帰られて余計な真似されるより、ここで監視しておいた方が都合が良い……でしょう?」


 結構都合が良い事言ってるなぁ……と我ながら思う。だけど、これ以上あんまり面倒な事になるくらいなら、これくらいで終わらせる方が良い。私はもっと平和に暮らしたいのだから。


「ちっ、はぁ……わかった。約束は守る。決闘委員会にはお前から権利を行使したことを伝えてくれ」

「あら、妙に素直じゃない?」

「はっ、俺だって馬鹿じゃない。あれだけの魔導を使ったお前と正面切って敵対出来るかよ。レイアなんか、俺にとっちゃどうでもいいものだしな」


 心底そう思ってるのか、クリム先輩はもう用はないと言うかのように背中を見せながら手をひらひらと振って教室から出て行った。これで、ようやく……別にいらなかった権利も使い終わったし、後は平穏な学園生活が……待ってるといいなぁ……。

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