19・悲しみを抱いて
クリムと決闘を約束した私は、レイアに一瞥することもなく、教室の外に出た。彼女があんな男を紹介してきた以上、話したくもなかった。
「ティアさん!」
そんな私の思いを知ってか知らずか……追いかけてきたレイアが呼びとめてくる。振り向いた私の冷たい視線を受けた彼女はびくっと身体を震わせて一歩下がっていた。
「……何?」
「あ、の……えっと……」
私の視線に耐え切れなかったのか、しどろもどろになって上手く言葉を紡げない彼女の様子に、私は深いため息をつくしかなかった。
「レイア。貴女の事情は知らない。知りたくもない。貴女がしたのは、裏切り以外の何物でもないわ」
「……うん。本当に、ごめんなさい」
「謝って許させる事じゃないわ。貴女は私を売ったんだもの」
「そ、それは……!」
『違う』なんて言っても説得力がないことはレイアもわかっているのだろう。俯きがちの顔は、私の顔もロクに見ることも出来ないみたい。ぽつぽつと涙が零れていく彼女の姿は哀れとしか言いようがなかった。でも、決して同情はしない。これが彼女が選んだ道だったから。
「本当に……ごめん、なさい。私……弱くて……怖くて……」
ぶるぶると身体を震わせて拳を握ってる彼女の言葉を、私は黙って聞いていた。涙と嗚咽が酷くて、上手く聞き取れないのだけれど……それでも彼女が私にした事に対して後悔してる事は伝わってきた。
「貴女は確かに弱い。あの男の様子から、貴女が何をされてきたか、想像は出来るしね」
「で、でも……わ、私……」
「レイア。貴女はこれからどうしたいの? どう、なりたいの?」
「ど、どう……って……?」
「後悔してる事は伝わってきた。だけどそれで終わったら、また同じ事を繰り返すことになるわね」
「そ、それは……」
レイアは急いで顔を上げたけど、またすぐに顔を伏せてしまう。自分が同じ事を繰り返さないなんて確証がどこにもなかったからだろう。
「ただ後悔するだけ。ただ謝るだけだったら誰でも出来るわ。問題はその先。次にどうするかが大事なの」
「で、でも私……弱い……」
レイアの言葉に、私はゆっくりと首を横に振る。そんなの関係ない。弱いとか強いとか……そういう事を言ってる限り何も変わりはしないことを、私は知ってる。
「だったら、ずっとそこにいたらいいじゃない。弱くて可哀想な子のまま、ずっと自分で作った檻に閉じ籠ってなさいな」
「なんで――」
レイアの表情は『なんでそんな酷い事を言うの?』という感じのものだったけれど、私は彼女の事を何も知らない。ただ入学してすぐに仲良くなったっていう事だけだ。昔から付き合いがあったわけでも、彼女の家族ってわけでもない。そんな私が、彼女に親身になることなんて出来る訳ない。
「……貴女は
「それは……」
ずっと泣いてたからか、疲れて泣き止みかけてるレイアは、私の顔を窺うように上目遣いがちにこっちを見てる。なんでもかんでも『弱い』で片づけようとしてる彼女は、本当はクリムの暴力が怖いだけで、それが心の底に沁みついてる。
「レイア、いい? 貴女が助けを求めないなら、誰もそれに答える事はない。貴女が檻から出ない限り、誰も手を伸ばすことはないの」
私の言葉を、レイアはすんすん鼻を鳴らしながら聞いてる。色々言いたい事はあるだろうに、彼女は何も言わなかった。
「強くなれ、とは言わないわ。だけどほんの少し。ほんのちょっとだけ勇気を出して動けば、きっと……今よりずっと素敵な未来が待ってるはずよ。私が教えられるのはそれだけ」
本当だったらここまで言うつもりはなかった。だけど、彼女の姿が私の昔を思い起こさせたのもまた事実で……だからかもしれない。
「ほんの……ちょっと……」
「よく、考える事ね。どうするにしても……これ以上後悔することのないように、ね」
レイアが泣き顔でぼんやり呟いてる間に、私は最後にそれだけ言って踵を返して帰ることにした。
ルドゥリア先輩との決闘が終わってから何日もしない内にまた決闘することになるなんて、呪いでも掛かってるんじゃないのかな? って思うくらいだ。
……自分が率先して面倒事に首を突っ込んでるだけなのは、あまり考えない方が良いかもしれない。
学園の外の世界は、もうどっぷりと陽が沈んでて、夜が見え隠れするぐらいの時間になってた。
「……ああ、お母様に怒られるかも」
今まで何も言わずにこんな遅くに帰る事はなかったし、何かあった時でも一度帰って、事情を説明してからだったから良かったんだけど……。
もう覚悟を決めて家に帰るしかないんだろうなぁ……。なんだかんだ言って優しいお母様だから、そんなに怒る事はないと思うけど……。
そこまで考えた時に思い出したのはお父様の顔で、決闘をするってなったら、当然お父様の方にも話が行くことは間違いない。どうせ話が行くなら、こっちから話した方が早いからね。
問題は……どう切り出すかだけど、どうしよう?
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