第四十話 思い出さなきゃ始まらない




 理性はそれを信じるか否かはまだ分からないと理解する。

 入学式からの記憶を弄られた時点で、妖精が頭の中にいる可能性は十分あり得る。


 つまり、精神汚染がされている可能性が高いから――――俺達の頭が狂っているという意味も理解できる。


 どれが本当の話なのかは分からない。

 嘘がどこに混じっているのかも理解できない。


 だからこれは――――。



「……俺が、ホラーゲームに転生させられたって?」



 この話に、否定する要素はなかった。

 記憶が捏造され消されてしまったのだという確証がなかったなら、未雀の言葉を信じることはできなかったというのに。


 何故か喉が渇く。

 緊張しているのか、それとも無意識なのか。



「……根拠はあるのか。まさかそのノートだけだと言うんじゃないだろうな?」


「これはどうかな。一応写真はあるんだけれど……」


「ッ――――」



 見せてくれたものは、過去の思い出。

 何時撮られたのだろうか。幼い頃の俺と紅葉と海里と……夕日丘高等学校で初めて出会ったはずの子供たちが並び、そしてその後ろにいるのは……。



「……だれだ?」



 見たことのない女性だった。

 でも何故か懐かしいと感じる。恐怖にも似たよく分からない感情。急に泣きそうになって、思わず顔をしかめてしまう。


 そんな俺の様子を観察していた未雀が口を開く。



「彼女は――――」


「ちょっと待て!」



 その言葉を遮るように、誰かの声が響いた。


 よく見れば周囲は困惑したような顔で俺たちを見ている。



(ああ、そりゃあ当然だな。俺たちの話は良く分からないものだ……しかも妖精たちに関する不吉な物ばかりだからな……)



 上級生の一人がこちらへ近づく。それ以外の他の生徒たちも近づいていく。

 おそらく周囲にいるのは二年生だろうか。

 一番前に出ているのは三年の生徒か。


 彼が未雀を睨みつけ、叫ぶのだ。



「黙って聞いていれば……人を殺しておいて、急に意味わかんねえこと言いやがって!!」


「実際に殺してなんか……」


「そうだな! 現実ではそうかもしれないけどな!! でも今のアンタの話を聞いていたら死んでも何かしらのデメリットがあるんじゃねえか!! んな矛盾しきったお前の言動なんて信じられるわけねーだろ!!」



 周囲の不満――――いや、恐怖だろうか。

 赤組は何も言わない。戸惑いはあるみたいだが、朝比奈が全てを仕切っているからか、彼女の方をチラチラと見るだけ。


 朝比奈は黙って未雀を見ていた。

 未雀は死んだ目で溜息を吐いた。



「ボクの言葉なんて信じるも信じないも勝手だ」


「何を――――」


「雑音は止めてくれ。聞きたくないなら耳を塞いで静かにしてろ」


「なんだとてめえ――――ひっ!?」



 地面を叩く、重い音が響く。


 殴り掛かろうとした上級生へ向けての牽制か。

 よく見れば朝比奈が竹刀を手に彼らを睨みつけていた。



「ボクの言葉と計画によって、この境界線の世界へ来れなくなることを約束しよう。ボクは神は嫌いだけれど、陽葵たちのことが大好きだから」



 一緒に生きていたいんだ、と言うように。

 胸を張って、前を見る。


 死んだ目をしているというのに、その瞳の奥に見える感情だけがとても生き生きとしているように見えた。

 自由への期待。死の恐怖からの解放。

 未雀の言動は不穏なものばかりだが――――もしかしたらという感情に支配されたのだろう。

 上級生たちがお互いに顔を見合わせて、居心地悪そうに後ろへ下がる。


 何かあればまた文句を言ってきそうだが、それは未雀たちは気にしていないらしい。




「ここから脱出して、より最奥にいるであろう元凶を倒すために――――彼に思い出してもらわないといけないことがあるんだ。

 だから夏、君の力が必要だ」



 海里夏が、何の驚きもなく俺たちを見つめていた。

 ただ鼻で笑って、未雀へ向けて口を開いたのだ。



「力が必要って何さ。この鏡夜を腐らせてやればいいわけ?」


「はっ!?」


「いいやそうじゃないよ。時間を早めなくていい……ただ、思い出させるために一度だけリセットさせてくれ」



(……リセット?)



 リセットとは何のことだ。

 それを問いただそうとした瞬間、夏が嫌そうな顔で派手な舌打ちを鳴らした。




「ぜーったいに、嫌だっ!!」




 それはまるで、子供のような癇癪だった。




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