第二十話 反転世界








《ではルール説明……の前に! これから来る化け物相手にクリスタルを守るのはいつものことですよねー?》



 妖精はただ楽しそうに言葉を紡ぐ。

 ひらひらと羽を動かして、星のステッキを手にくるくると回して。



《私も考えたんですよー。いろいろとね。境界線が曖昧なら、とっととそれを元に戻すために……もっと早く終わらせるために。年に一度か二度くらい大きなアップデートをしてもいいんじゃないかとおもっているんですよねー!!》



 妖精がステッキを小さなハンマーに変化させた。

 銀色に光り輝く、少し重そうなハンマーを――――クリスタルに向かって、投げ飛ばしたのだ。



「っ……誰かそのハンマーどうにかしてほしいっす! 嫌な予感しかしねえ!」



 それを阻止するために走り出した天。

 直観力に優れた天が嫌な予感ということは、すなわち……。


 しかしハンマーは真っ直ぐクリスタルへ向かっていく。

 走る天が手を伸ばしても届かないまま、何もしなければ破壊されてしまうと分かっていた。


 俺たちもとっさに動こうとして――――。



「ふっ……!」



 木刀を手にした陽葵が駆け、クリスタルより前に出てハンマーを弾き飛ばしたのだ。



(よかった……これなら……)



 何がおきるのか分からない。

 しかし天の焦った表情は変わらない。



「陽葵ちゃん違うっす! クリスタルを守るんじゃなくてハンマーの方をどうにかしなきゃ! あの武器自体が駄目だ!」



《残念。遅いですよー》




 ハンマーが地面へと落ちた瞬間、だった。

 


 ガッシャアアアンっ、という何かの割れる音が響く。

 それだけじゃない。その音と共にハンマーを中心に地面が割れたんだ。


 立っていた地面が突然消失する。

 割れて粉々になった土が――――まるでガラスのように結晶化していき消えていく。


 抵抗することもままならず。

 どこかに捕まる余裕すらなく。

 天だけは桃子を見て手を伸ばそうとして―――――しかし彼女はそれを複雑な表情で首を横に振って彼の手を掴んでいただけ。


 俺も何も出来なかった。

 本当に唐突過ぎて、何かをする暇すらなかったんだ。


 全員そのまま地面の下へと落下していった。

 クリスタル結晶でさえそのまま俺たちと同じように落下していった。


 空中へと投げ出された身体に違和感を感じる。

 周囲は暗く、空を見上げたら校庭があった場所と空が遠ざかっていくのがはっきり理解できてしまった。



「なんっ……!?」



 鏡夜が驚いたような顔で地面を見た。

 いや、鏡夜だけじゃない。皆がその光景に驚愕していたんdな。



《私の領域へようこそ。私の内部へようこそ――――さあ、より深くまで堪能して境界線をはっきり示すために協力してくださいねー》




 地面から落ちた先にあったのは、左右反転した世界。

 校舎にある時計が先ほどとは反対になっている。


 校舎の向きさえも逆になっている。



 晴天が、星空に変化している。

 星が何かの目に見えてしまう。まん丸の満月が赤く光っているように見える。


 まるで獣の胃の中にいるかのよう――――。


 こんなの知らない。

 こんな状況、俺は全く知らない。



《これはちょっとしたお遊びも兼ねてますからねー。実験検証を積み重ねて、妖精ちゃんはちゃんとあいまいになった境界線をどうにかしちゃおうと思っているんですから!》



(……裏ボスの本性が出てる?)



 遊びだと言ったそれは、強制的にゲームの記憶を思い出させる。


 でも状況は全然違う。

 そもそも合同で化け物達からクリスタルを防衛するということすら初めてだ。




《ルール説明をしまーす!》




 妖精が落ちたクリスタルから出現して、俺たち全員を見ながら口を開く。



《いつも通り全員でクリスタルを守ってもらいます。もちろん化け物を退治してもいいですし、逃げてもいいですよ。ただ今回の場合、私が使う時間は半年!》



「半年!?」



《ええそうですよ。六か月程度ですよー!》



 誰もが絶句する。

 青ざめた顔で、絶望する。



 赤組は何故かやる気満々だったけれど……。



 でもなんで急にこんなことになったんだ。

 六か月って。そんな長期でゲームをやるだなんて……。




《この世界なら――――今からたった六か月間過ごすことなんてあっという間でしょう? それに今回化け物が出てくる時間はたっぷりありますよ。今のうちに準備くらいしていたらどうです? あと死んだら外から人を増やすのでご安心を!》




 全然安心なんてできない。

 これは実質の監禁宣言だ。


 死ねと言っているようなものだ。



 彼女は笑う。嗤う。

 ぺろりとつやつやで真っ赤な唇を舐めて、空に舞いながら俺たちを見下ろして。




《神がいない満月に、また会いましょうね》




 そういって、妖精は消えていった。





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