第26話 二学期×始まり

唐突だけれど、色々と区切りを迎えた事だしここで一つ自己紹介をしようと思う。僕の名前は笹月優太。

この四月、最高学年の小学六年生になった男の子だ。


始業式の帰り道、僕は謎のお姉ちゃんに襲われた。

僕を見るや否や、身体を大きく動かし猪突猛進で僕に近付いてくる女子高生。

見た目はそりゃあ確かに可愛かったけれど、中身はただの変態おじさん。

警察署に駆け込むことも頭の中によぎったが、悲しくも少年法で守られる世の中。

とりあえず彼女の話を聞くと、それは何とも奇妙な提案だった。

中学受験の勉強を手伝って貰う代わりに、僕はお姉ちゃんのお願いを聞くことに。

そのお願いっていうのが、お姉ちゃんが描いている漫画のモデルになって欲しいっていうもの。

渋々ではあったけれど、こうして僕とお姉ちゃんの不思議な生活は始まってしまった……。


土曜日、日曜日は勉強を教わりながら、お姉ちゃんの願いを叶えてあげる。

そんな日々を何度も繰り返し、季節は慌ただしく過ぎていった。

満開の桜はいつの間にか散り、蝉の声は徐々に小さくなっていく。

息を着くまもなく、僕は夏休みを終えそして……。


「おっす!優太〜!久しぶりだな!」


久しぶりに背負う、ランドセルの感覚。

背中にずっしりとのしかかる重量感は、少し懐かしい。

一ヶ月弱ぶりの廊下の匂いは、なんだか落ち着かない。

そんなソワソワしている僕の後ろからクラスメイトがとんと肩を叩く。

「久しぶりー、元気にしてた?」

「まあな!優太は夏休みどっか行ったー?俺は家族で旅行行ったんだぜー!」

「いいなー、家族旅行。僕は……。」

たわい無い会話の中でふと、自分の夏休みを振り返る。


海に行ったり、初めての同人即売会でコスプレさせられたり。

あとはまなねぇと再会してtoaluのライブに行ったりもした。

最後は、皆で一緒に花火を見たり……。

と、そこまで思い返した所で僕は気付く。

どのイベントごとにも、必ずお姉ちゃんが居てくれた事に。

ずっと僕の隣で、笑っていた事に。

まるで燦然と輝く太陽のように、僕を照らしてくれていた事に。


「——た?……優太?」


はっと、我に返るとそこには心配そうに僕を見詰めるクラスメイトの姿があった。

「何だよ、急にぼっとして。」

「えっ?……あぁ、その……」

最近、こういう事がたまにある。

ふと気が緩むと、頭の中でずっとある人物が思い浮かぶ。

ちょっと前まで変態女子高生としか思っていなかったはずなのに、夏休みの途中からお姉ちゃんの事を変に意識してしまうのだ。

そのせいか、靄がかった霧はずっと晴れずにいる。

まなねぇや美瑠ちゃん、他の女子とは何か違う。

胸がざわざわとざわついて、落ち着かなくなるんだ。


これって……一体——?


「あ、分かった!優太、お前まだ夏休み気分が抜けて無いんだろー!分かるぞー、俺も学校だるいし行きたくねぇって思ってたからな!」

「うぇ!?あー、あ、そうそう!よく分かったねー!」

何か勝手に勘違いをしてくれているから、そのまま適当に合わせてしまった。


とは言っても、今日から二学期。

僕は中学受験に向けて、本腰を入れなくてはいけない。

夏休みは思いの外遊んでしまったから、二学期からはもっと集中して勉強しなくちゃ!

「ほら、教室入ろうぜ!」

「うん!」

そうして、僕の二学期は始まったのだった。





「じゃあな〜!」

「また明日ー!!」

二学期初日は半日で下校となった。

夏休みの宿題を提出し、長い校長先生の話を聞き。軽く担任の先生から話があっただけだったけれど、やっぱり久しぶりの登校は疲れる。

友達に手を振って別れた後、僕は一人帰路に着こうとした。

九月になったとは言っても、まだ夏の厳しい暑さは残る。

直射日光を浴びるだけで、額に汗が滲んだ。

——と、そんな時だった。


「——笹月くん!」


どこからとも無く僕を呼ぶ声がする。

甲高く、可愛らしいその声に僕は心当たりがあった。

くるりと振り返ると、赤いランドセルを揺らして近づく人影を見つける。

「……美瑠ちゃん?」

おおーい、と大きく手を振りながら駆け寄る美瑠ちゃんの笑顔。

「良かった〜!笹月くん、見つけられて!」

はぁはぁと肩で息をしながら、美瑠ちゃんは愛らしいく微笑んだ。

その額には僕と同じように汗が滲んで、前髪が張り付いている。

「どうしたの美瑠ちゃん。確か美瑠ちゃんの家、こっちじゃないよね?」

それに、僕の名前を呼んでいたと言うことは、なにか僕に用事があったのだろう。

美瑠ちゃんはおもむろにランドセルを下ろし、ガサガサと中を漁る。

「あのね、本当は学校で渡そうと思ったんだけど中々タイミングが見つからなくて……。気づいたら笹月くん帰っちゃってたから追いかけて来たの!えーっと……あ、あった!」

美瑠ちゃんはクリアファイルの中から何かを取り出す。

それは長方形の紙切れようなものだった。

「これ!夏祭りの時に撮った写真!」

そこには、僕とお姉ちゃん、まなねぇそれに、美瑠ちゃんの四人がプリントアウトされていた。

薄暗い夜の中、街灯の明かりが淡く差し込んでいる。

「あ……ありがとう」

あの日の事を思い出して、少し恥ずかしくなりながら写真を受け取る。

そこに写る僕はいつもより生き生きしていて、我ながら楽しそうな顔だった。

写真を貰うのはいつぶりだろう。お父さんの仕事が忙しくなってからは、写真を撮ることはおろか一緒に出かけることも少なくなった。

だからかもしれない。

こうして記録として残る事が、とても嬉しいと思ってしまうのは。

「またこの四人でどこかに行きたいね〜!」

「そうだね、また四人で.....。」

思えば不思議だ。


四月はあんなにもお姉ちゃんと一緒にいるのが嫌で仕方無かったのに、今はこの平日が早く過ぎればいいと思ってる。

この写真に写っているお姉ちゃんは、艶やかででもやっぱり楽しそうに笑っていて。

見ているこっちの心まで、踊りそうだ。


写真をぼっと見ていた僕に、美瑠ちゃんはきょとんとした視線を送る。

「なんだか、笹月くん.....変わったね。」

そんな思いがけない言葉に、僕は顔を上げる。

「え?」

「だって、四月の頃の笹月くんはどこかいつも思い詰めてて、悲しそうな顔をしていたもん。今の笹月くんは、凄く楽しそう!」

自分では気付かなかった変化に、少しだけ目を見開く。


そうだ。こんなにも毎日が楽しいと思えたのはいつぶりだろう。

誰かと一緒に居たいとか。時間が過ぎる事を惜しいと思った事とか。

お母さんが亡くなって、お父さんと二人になってからはずっと、迷惑をかけないようにってそればっかりで。

だから何処か居心地の悪さを感じていたのに。

僕の前でずっと手を引いてくれたのは.....。


「——うん。僕、今凄く楽しいよ。」


はっきりとした僕の言葉に、美瑠ちゃんは一瞬目を見開いてから静かに笑った。

「.....そう。なら、良かった.....。」

彼女がそう笑ってくれた事が何より心に染みた。

自分の事をこんなにも思ってくれる、大切な友人。

これからも、仲良くしたいななんて独りよがりに思う。

「じゃあ、僕そろそろいくね!」

「うん!また学校でね!」

四月に思い描いていた小学校六年生の生活とは少し違うけれど、でも。


——ああ、なんかお姉ちゃんに会いたいな。


僕の世界を変えた人。何もかも、あの人が教えてくれた。

楽しい事が沢山あって、勉強が思いの外楽しくて。

僕を大切に思ってくれる友人がいて。

美瑠ちゃんと別れてから、ずっと頭の中に思い描いていた一人の人物。


——あれ?もしかして、僕……。


『ソレ』に気付いた瞬間、心臓がドクンと高なった。

いやいやいや、そんなはずない。そんな訳ない。

でも、心臓のドキドキはずっと加速していく。

もしかして、僕って……



——お姉ちゃんの事が……好き、なのか!?


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