第22話 初対面×お姉ちゃん
『——同人即売会まるまる、これより開場します!慌てず落ち着いて、場内へお進み下さい』
十時。いよいよ僕とお姉ちゃんの決戦の時間がやってきた。
アナウンスに従うように、外で待っていたお客さん達が会場の中へ入ってくる。
この暑さを更に掻き立てる人の波。
一気に会場の温度は温まり、水も沸騰しそうなむさ苦しさ。
会場の中では本を求める人達が。会場の外ではコスプレをした人達の撮影会が始まっている。
僕は『売り子』の役なので、今回はお姉ちゃんの隣で本を売る手伝いをしていた。
「これ、一冊下さい。」
「ありがとうございます!五百円になります!」
開場から活気づいている会場内では、既に何人かがお姉ちゃんの本を買っていた。
確かにお姉ちゃんのイラストは素人目から見ても上手だと思う。
キャラクター一人一人の個性や、コマ割り。表紙の配色まで、一人で考えたとは思えない出来の良さ。
「こ、ここ、こちら、商品に……なります……!」
「ありがとう。可愛いコスプレだね。」
本を渡すと、男のお客さんは僕を見て微笑んでくれた。
慣れない接客と、コスプレの気恥ずかしさは未だに拭いきれていない。
それでも、お姉ちゃんは楽しそうに本を売っている姿を見ると、たまにはいいかな、なんて思ってしまうのだから僕も単純だ。
「これ下さいー!」
「ありがとうございます!五百円になります!」
順調に本も売り進み、いいペースで無くなってきている。
このままなら、目標の完売も夢じゃない!
一時間程で、残り部数は約三分の二。
——この調子で、残りも売るぞー!
なんて、息巻いていたのはいいものの、まさかその先に地獄が待ち構えていようとは。
お昼も挟み、本の売れ行きは順調そのものだった。
「このままなら、完売しそうだね、お姉ちゃん。」
「うん!これも優くんのおかげだね!」
お姉ちゃんの嬉しそうな声色に、僕も内心喜んでいた。
お昼の時は、隣のスペースで同じように本を売っている人達と本を交換したり。
お菓子を差し入れしてくれるお客さんもちらほらいた。
こんなに沢山の優しい人達が集まっているイベントも、そう多くはないのだろう。
……今日は、来てよかった……かも。
僕自身、沢山の人と話したり、交流して、良い刺激を貰った。
それに何より……。お姉ちゃんの描いた本で笑顔になってもらえる事が凄く嬉しかったんだ。
なんて、絶対に言えないから心の中に留めておくけれどね。
「これください。」
「ありがとうございます。五百円になります!」
お姉ちゃんと喜びを分かちあっていると、またお客さんがやってきた。
くるりと振り返り、お客さんに本を渡す。——と。
「……優?」
僕の名前を呼ばれた。
ゆっくりと顔を見上げて見ると、そこで本を受け取っていたのは、見覚えのある顔。
目を見開いた僕は、思わず彼女の名前を口にしてしまったのだ。
「——ま、まなねぇ!?」
そこには、ラフなティーシャツに短パン姿のまなねぇがいた。
「ど、どうしてまなねぇが!?」
「今回のイベントに、『toalu』の限定曲が発売されてるの。タイアップ……みたいな形で。ほら。」
まなねぇは本を持ちながら、天井を指さす。
良く耳を済ませると、確かにtoaluの歌声が会場内に響いていた。
「で、スタッフさんから会場見てもいいよって言われて、ここにいるってこと。」
「なるほど……ん?まなねぇ、なんでそんなに僕の事を見てるの?」
じーっと、僕の全身を舐めまわすように見つめるまなねぇ。
なんだか、身体が固まってくる。
「——優、どうしてスカート履いてるの?」
そっ、そうだったー!!!!
今の僕、コスプレしてるんだったー!!!
「いやっ、それは……その……成り行き?みたいな?」
この数時間で、コスプレしてる姿にもすっかり慣れてしまっていた。
まなねぇに言われるまで、普通に忘れていた自分に、驚きを隠せない。
「成り行き?この本の、表紙にいる女の子の姿だよね、それ。もしかしてコスプレ?」
まなねぇは、一度気になった事はとことん追求するタイプの人だ。
なんて誤魔化せばいいのやら……!
って、あれ?ついいつもの癖で誤魔化そうとしているけれど、別に隠す事でも無いのか?
だって、まなねぇはまなねぇだし。
僕がここにいるのはお姉ちゃんのせいだし。
何より、まなねぇは僕の事情とかも知ってるから、お姉ちゃんの事を話しても、僕を変態扱いしないだろうし……。
——まなねぇになら、言ってもいいんじゃ?
「あのね、まなねぇ。実は……!」
「——優くん?どうしたの?」
意を決して、まなねぇに話そうとした時、後ろから声が聞こえてきた。
くるりと振り返ると、そこにはお姉ちゃんがキョトンとした顔で僕を見つめている。
お姉ちゃんは、まなねぇの存在に気付いたらしく、僕とまなねぇを交互に見ていた。
「優くんのお知り合い?」
そう尋ねてくるお姉ちゃんと、まなねぇのさっきの質問に、僕は正直に話すことにした。
「まなねぇ。こちらはお姉ちゃん。とは言っても、血は繋がってないけどね。色々あって、面倒を見てもらっているんだ。
で、お姉ちゃん。こちらは眼縁町。まなねぇには昔お世話になったんだ。」
僕を仲介し、二人はそれぞれの名前を知る。
「初めまして!優くんに勉強を教えたりしてます!どうぞよろしく!」
「初めまして……。眼縁町です。よろしく。」
ぺこりと頭を下げながら、自己紹介を終えた二人は、お互いをじっと見つめていた。
「ど、どうしたの?二人とも。そんなに黙り込んで……。」
無言の圧を感じる。
真ん中に挟まれている僕の肌に、二人の威圧がヒリヒリと当たった。
ま、まさか、初対面なのに喧嘩!?
で、でも、どうして……。
ごくりと、固唾を呑んで見守っていると、先に口を開いたのはお姉ちゃんの方だった。
「……一枚、ですか?」
——一枚?何が?
頭の上に、はてなマークを浮かべていると、今度はまなねぇが口を開ける。
慎重な面持ちで、まなねぇはお姉ちゃんを見詰めた。
「——三枚で、どうでしょう。」
一枚?三枚?何の枚数?
ますます分からない。お姉ちゃんとまなねぇは一体、何の話を……。
「——分かりました。三枚で。こちらは『恥じらう優くん』『ローアングルの時、パンツを隠す優くん』『カツラを被る前の優くん』で、どうでしょう!」
「——それならこっちは、『転んで泣き目になってる優』『野良猫に威嚇されて半べそ状態の優』『お馬さんーと、寝言をこぼす優』で!」
二人が一斉に出したのは、何やらカードのような……ってこれ、違う。
——それ、僕の写真じゃん!
なんで二人とも持ってるの?
まなねぇに関してはそれ、何年も前のやつじゃん!いつ撮ってたの!?
しかもどうして二人揃ってマニヤックな場面を撮ってるの!!!!
「——さすがですね、まなねぇさん。」
「——あなたこそ、お姉さん。」
互いに写真を交換したお姉ちゃんとまなねぇは熱く手を握る。
「これからも、よろしくお願いします。」
「こちらこそ。」
僕の見えない所で、何かの戦いでも終えてきたような顔をしている。
清々しい顔で、握手をする二人を見て僕は、ため息を漏らす。
怒りとか、恥ずかしさとか、その頂点を超えると、むしろ諦めがつく。
とはいえ、これだけは言わせて欲しい。
「——僕の不満は留まる所をしらないよ。」
同人即売会に連れて行かされて、コスプレをさせられて、売り子をする羽目になり。
なんというか、こんな一日を表すのならば。
——散々だー!!!!
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