第19話 ライブ×迫力(後編)
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「うわあああ!!!!」
歓声と、爆音の音と、パンと爆発して煙が立ち込める音と。
色々な音が重なって、その音圧が僕に襲いかかってくる。
「皆ー!盛り上がって行くよー!まずは私達の始まりの曲から!!」
「皆!最初から最後まで全力で行くよ!」
僕の前に現れたのはまなねえ……では無く、二つの3Dアバターだった。
片方はオレンジのツインテールをゆらゆらとなびかせる可愛らしい女の子。
もう一人はオレンジの子よりも背が高くて長い青髪をなびかせる美しい女の子。
どちらがトアでどちらがアルなのかはすぐに分かった。
わあっと言う歓声の後、早速一曲目がスタートする。
ネットの動画で見るよりも音は正確で、聴く人に訴いかけるような声。
とても、これが初めてのライブとは思えない。それくらい堂々とした歌いっぷりだった。
二曲連続で歌い終えたtoaluの二人は、ハアハアと肩が上がる。
「皆ー!盛り上がってるー!?」
アルの声に、観客はいえーい!と返事を返した。
それに負けないように、僕も精一杯声を上げる。
「そつかー!私達もちょー楽しいよね!?トア!」
「うん……!こんなに沢山の人が私達の所に会いに来てくれて、とっても嬉しい……!」
「わっかるー!始まるまでは、お客さん来なかったらどうしよう!?って不安だったんだけど、皆の声を聞いたらそんな心配吹き飛んじゃった!!」
MCの間は、トアとアルの楽しい話が始まった。
初めてのMCとは思えないくらい、場を和ませるトーク力。
くすりと笑える部分もあって、客席の皆も同じように笑っていた。
「じゃあそろそろ後半戦行こうかな!皆〜!まだまだ着いてこれるよね〜!?」
アルの明るい声が、ファンを引っ張っていく。
そして再び、ライブパートが始まった。
ライブの間はずっと叫びっぱなしだった。コールアンドレスポンスや、歌の間のコール、はいはいと掛け声に合わせて声を出したり。
ライブの終盤に差し掛かる頃には、僕の喉もすっかり枯れていた。
「次の曲でラストになります!」
アルが前フリに入ると、観客はええーっと寂しそうな声を上げる。
「わかる〜私もまだまだ歌い足りないもん!でも、次の歌はすっごく大切な歌だから、皆しっかり聞いてよね!」
「うん、私とアルと、みんなで大切にしたい曲なの。」
目の前にいる青い髪のアバターからは、まなねえの声が聞こえてくる。
そのおっとりとした空気感はまなねえらしくて、でも、やっぱり今は少し遠く感じていた。
ペンライトを握る手に少しだけ力が入る。
そして……。
「それでは聞いてください!——『とある奇跡!』」
いよいよ最後の曲が始まった。
それは、toaluがデビューする時に出したデビューシングルの曲。
深夜ドラマの主題歌に起用され、toalu史上初めてのオリコン入りを果たした。
曲の内容もトアとアルを思い出す歌詞振りで、聞いてるだけでも涙が出てきそうになる。
はいはいと、曲に合わせて掛け声をする。ペンライトの明るい光が、まるで星空みたいにキラキラとステージに色を添えている。
そして、その先で堂々と歌っているのは、僕の大切な人。
『これはとある世界、とある場所、とある二人の物語。運命は僕らを手招いた。弱い自分、遠い未来、打ち壊し進む為に。奇跡の扉を今叩く——』
その歌は、toaluというアイドルを象徴する歌。
どこにでも居る、とある二人が出会い、とあるアイドルになる。とある二人の物語。
でもその二人は、誰かにとっての特別に変わる。
今のまなねぇはまさに特別だった。
まなねえに出会った時はあんなにも近い距離にいたのに、今は手を伸ばしても届かない。
沢山のスポットライトを浴びて、光り輝く星のように。
その時、僕は思い出す。ステージに立っているまなねぇは、僕の知っているまなねぇじゃない。
きっとこの日の為に、歌も踊りもトークも特訓したのだろう。
——そっか。まなねえは僕の知らない間に沢山頑張ったんだ。
スポットライトを浴びてキラキラと輝く彼女を見ていると、不思議な気持ちになる。
お腹の当たりが何だか落ち着かなくて、視界がまなねえだけで埋め尽くされている。
「やっぱり、まなねえは凄いや。」
ここにいる沢山の人を幸せにしている。その中には僕とお姉ちゃんもいて。
——今日のまなねえは間違えなく、アイドルだ。
目の前のアバターはまなねえと比べたら色々美化され過ぎだし、そもそも作られたアバターだけれどどうしてか、まなねえの現身のようで。
ひっそりと微笑む笑顔や、前髪を触る仕草。恥ずかしくなると顔を隠す癖も全部。
僕には目の前で歌う彼女がはっきりとまなねえに見えたのだ。
「それじゃあ、今日は本当にありがとうー!」
アンコールも終わり、二人がそれぞれ挨拶を終えた。
手を大きく振って客席に向かってありがとうと、叫ぶアル。
「また会おうねー!約束だよ!と、言うわけで私達……。」
トアとアルが背中を向けあって、決めポーズを取る。
「toaluでしたっー!!!!」
大歓声の中ゆっくりとホールの明かりが灯され、ステージには黒い幕が降りる。
「本日はご来場誠にありがとうございました。係員の指示に従い……」
そんなアナウンスが流れ始めると、各々荷物を持って帰る準備を始める。
僕もカバンからスマートフォンを取り出して電源を入れてみると、ライブが始まって二時間半も経過していた。
まだ熱を持った会場の扉が開き、僕達の熱を冷やしていく。
僕達は係委員さん達の指示に従って、ホールの外に出ようとすると、スタッフの一人に声をかけられた。
「——あの、笹月優太様ですよね?」
そして、僕が案内されたのは関係者以外立ち入り禁止のスタッフルーム。
目の前に沢山のスタッフさん達が忙しなく動いている。そんな中、ちょこんと座って待っていると、また別のスタッフさんが現れた。
「どうぞ、こちらに。」
案内に従って歩いていると、ある一室の前までやってきた。
そこには『toalu トア様』と書かれている。
スタッフさんが、とんとんと、扉をノックしてから開けてるとそこにはまなねえの姿があった。
「——優太!!!」
「まなねえ!」
汗を拭うタオルを首から下げて、動きやすいTシャツと短パンに身を包んでいるまなねえ。
僕の顔を見ると、嬉しそうに寄ってきた。
「優太、私のライブ見た?」
「勿論!めちゃめちゃ凄かったよ!僕びっくりした!!」
「ほ、ほんと?」
「うん!それにまさか3Dのアバターを使うなんて……本当、まなねえには驚かされてばっかり!」
僕が今日のライブの感想を口にすると、まなねえは嬉しそうにそれを聞いてくれる。
あそこが良かった、この曲を歌ってくれて良かった、事細かに説明していると、僕はふと疑問に思ったことがあった。
「——もしかして、アルもここにいるの!?」
興奮冷めやまない状態で、僕はまなねえに問いかける。
すると、さっきまでの柔らかな笑顔とは裏腹にまなねえは寂しそうな顔を浮かべた。
「ううん。アルは東京のスタジオから中継で繋いだの。」
そう話すまなねえの顔は、どこか遠くを見つめていた。
そうだ。この場の誰よりも肩を並べて歌いたかったのはまなねえ本人なのだ。
だからこそ、僕はこれ以上追求はしない事にした。
いくらアバターを使ったライブで、画面上では一緒に笑ったり歌ったりしていても、今日のまなねえはずっと一人ぼっちの空間で、過ごしていたのだから。
「まなねえ、何か一緒に食べよう!」
僕の唐突な誘いに、まなねえはきょとんと目を丸くさせる。
今の僕にはこんな小さな事しか言えないけれど、それでもまなねえの力になりたい。
だから……。
「それで、次のライブも絶対に見に行く!!絶対に!!!!」
僕の強気な言葉に、後ろのお姉ちゃんが少しだけ悲しそうな目をしていたのを僕は知らない。
今はただ、まなねえに笑顔になって欲しくて。ただそれだけだった。
「……うん、絶対。」
まなねえはそう言って微笑んだ。頬を流れる汗がきらりと照明で光る。
僕はまなねえに沢山のものを貰った。
だからこそ、僕はまなねえの笑顔を見ていたい。
こうやって、また僕達は再開できたんだから。
そうして僕とまなねえは指切りを交わした。その約束は、この先もずっとまなねえと僕が一緒にいるという証となったのだ。
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